第26話

「それで?」

 雅尚の前に黒焦げの生姜焼き、生焼けの鮭の切り身、出汁のとられていない味噌汁、食欲をそそる美しいアボガドサラダを並べながら、純は得意気な顔で言った。アボガドサラダ以外は、すべて純の手料理だ。

「それでって、それだけだよ。その下田さんっていう人にはこの仕事に向いてる、って褒められたよ」

 雅尚は鮭の切り身を少し嗅いで、電子レンジを指差しながら、純に突き返しつつ言った。

「それはよかったですね」

 純は笑顔で言ってから、無表情で――いや、よく見ると眉毛を片方だけひきつらせながら、鮭を電子レンジに入れた。

「よかないわよ」

 橘心音は、雅尚のグラスにビールを注ぎながら、眉間にしわを寄せて言った。

 純は聞こえないふりをして、今日の為に買ってきた、本人いわく純白のエプロン(一般的には割烹着と呼ばれる)をはずして「いただきます」と手を合わせた。

 いったいなぜこのような状況になっているのかというと、あらかじめ雅尚の出勤日をメールで知ってやって来た純が、ご馳走してもらったお礼にと今日の夕食を作ることを買って出たのだが、たまたま雅尚を心配して訪ねてきた心音と鉢合わせしてしまい、三人で夕食を共にすることになったのだった。(ちなみに、アボガドサラダは心音作だ)

「鈴木先生、それはたまたまですよ。何でもほどほどに流さないと、またトラブルに発展して職を失うことになりかねません。短期間に二度も転職ってことになると、今後の就職活動に響きますよ」

 心音は自分のグラスにもビールを注ぎながら、雅尚に向かって言った。

「この前ホームセンターをクビになってるから、もう二度転職してますもんね」

 ご飯を頬張りながら、なぜか得意げに雅尚を見る純。

「余計なことを」とばかりに純を睨む雅尚。

「え?本当ですか、鈴木先生!奥様は何て仰ってるんです?」

「奥さんは出て行きました。離婚も秒読み段階です」

「おい、勝手なことを――」

「何ですって?何で真島さんがそんなこと知って――そういえば今日、真島さんのお母様から学校に問い合わせがあったわよ。最近娘の帰りが遅いけど学校で何か行事があるんですかって――」

「何だって?君、ご両親の帰りが遅いとか放任主義だとか――」

「先生、この生姜焼きおいしくできたでしょう?」

「鈴木先生、まさか間島さんと?それで奥様が――」

「おいしくないよ。黒焦げじゃないか」

「いえ、奥様はまだご存じないんじゃないかと――」

「鈴木先生、仮にも女の子に作ってもらった料理をおいしくないだなんて――」

「え?うちの奥さんが何をご存じないって?」

 このような調子で一向にまとまる気配が無い会話は、この後二時間続いたのであった――。

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