第23話
雅尚が、国松総合病院から自宅マンションに戻ってきたのは夕方五時を過ぎた頃だった。
オートロックの自動扉前のちょっとした階段の隅っこに、ちょこんと座りこんでいる純の姿を見て、雅尚は軽い溜め息をついた。
純は退屈そうにスマホの画面を眺めており、雅尚には気付いていない。
「真島さん、本当に勉強大丈夫かい?」
雅尚の声に、純はほんの一瞬だけ笑顔を見せると、スマホをカバンの中に放り投げた。
「だって気になりますから」
「答えになってないよ。僕はこれからは二十四時間勤務の仕事に就くんだから、勝手にここに来たって帰らない日もあるんだよ」
雅尚がマンションのオートロックを解除しながら言うと、その操作をじっと見ていた純も、真顔で返事した。
「困りますよね。勤務表みたいなやつありますよね。もらっていいですか?」
「いいわけないだろう。そんなもの持ってて親御さんに見られたら――君、もしかして家族とうまくいってないの?帰りたくないのかい?」
エレベーターに乗り、急に心配そうな顔で尋ねる雅尚に、純は吹き出しながら答えた。
「いいえ、いたってうまくいってますよ。ただうちの両親、少し放任主義のところはありますけど」
純は、細かく震えているスマホが入ったカバンを、お尻の後ろに隠しながら答えた。
「うーん、わかった。メールアドレス教えて。スケジュールが決まったら、君にメールするから」
家の前に到着し、雅尚が玄関の鍵を開けながら言うと、純は不思議そうな顔をした。
「メールアドレス?」
「ガラケーなんだよ」
純の意図を察知したのか、雅尚は面倒臭そうに返事した。
「メルアドは交換しますけど――それより先生のお家の鍵を預けてもらえませんか。それなら先生がいなくても、勝手に入って勉強してますから」
純は雅尚の上着を受け取ると、リビングの壁のハンガーに引っ掛けながら、こともなげに言った。
「それこそ渡せるわけないだろう。奥さんが帰ってきたとき、家に君が一人でいたらびっくりするよ」
純はキッチンに移動して、手早くやかんを火にかけながら「当分帰ってこないと思うけど」と呟いた。
「何だって?――やあ、ありがとう」
不服そうな顔で問いただそうとした雅尚は、コーヒーの用意をしている純を見た途端、満面の笑みで礼を言った。
「とにかく明日から四日間は夕方には帰るけど、それ以降は、勤務日は二十四時間勤務だからね。後、言っとくけど勤務先までこっそり様子を見に来たりしたらダメだよ」
「そ、そんなことするわけないじゃないですか。そんなことより今日の夕食はどうします?」
考えを見透かされて慌てて話題を変える純を、雅尚は不安そうな顔で見つめた。
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