第11話

 雅尚が帰宅したのは、十九時を少し過ぎていた頃だった。

 玄関の扉を開けると同時に、本日も美佳の怒声が鳴り響いた。

「雅尚さん!どういうことなの⁉」

 雅尚はかがんで靴を脱ぎながら、目の前で仁王立ちしている妻を見上げた。

「やあ、今日もおかんむりだね」

 今日は唯も、何事かとソファの陰から不安そうに見ている。

「今教頭先生から電話があったわ。生徒の父兄に凄く失礼な態度をとったそうね。休み明けの朝一番で事情が聴きたいから、七時半までに出勤するように、ですって!」

「ええ?せっかく中ノ瀬の事件のおかげで職員会議の当番変わってもらったのに。また早く行かなきゃいけないのか?」

 美佳は、悲痛な表情を浮かべている雅尚の言葉など耳に入らない様子で続けた。

「昼休みに、教頭先生にも失礼なことを言ったそうね!」

「ややこしいことになりそうだったから、職員室には寄らすに帰っってきたんだ。おかげで鞄を持って帰れなくて――」

「そんなことは訊いてない!」

 連続で降り注ぐ美佳の落雷に、唯はソファの陰に隠れ、クッションを防空頭巾のように頭に被せた。

「ねえ、一体どうしたの?昨日から雅尚さん、ちょっと変よ」

 一転、美佳の優しい声に、唯は防空頭巾を外す。

「君は昨日から怒ってばかりいるね。今日は食事はあるのかい?」

「今そんな話してないでしょう!」

 防空頭巾を被る唯。

「唯ちゃん、今日もママとお外でごはん食べましょう」

「え?ママと二人?」

「え?僕は?」

 雅尚と唯は、二人同時に声を発した。唯の顔には恐怖が、雅尚の顔には不安が色濃く浮かんでいる。

「さ、行くわよ」

 美佳に手を引かれながら、唯は不安そうな顔で雅尚を振り返った。

 玄関から出て行く二人を見送った後、雅尚はカップラーメンにお湯を注ぎながら溜め息をついた。

「明日は飯作ってくれるのかな……」

 しかしながら休日の間、またしても雅尚は美佳に口をきいてもらえず、願いは儚いものとなってしまったのだった――。

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