第8話

「言っていいことと悪いことがあるでしょう!」

 既に九度目となる美佳の怒声が、リビングの隅々まで響き渡った。

 雅尚が床に正座をさせられてから、すでに二時間が経過しようとしている。

 雅尚がお説教を受けている横で、唯だけはご機嫌な様子で人形を使ってままごとをしていた。

 雅尚と唯が家に着くとほぼ同時に、金田夫人から美佳の携帯電話に苦情の電話がかかってきたのだ。

 金田夫人の凄まじい剣幕に、横になっていた美佳は体調の悪さなど吹っ飛んでしまい、飛び起きて謝り続けた。

「そりゃあなたはいいわよ、挨拶程度しか交わさないんだから。だけど私には親同士の付き合いってものがあるの!ふざけるのも大概にしてちょうだい!」

 美佳の十度目のこのセリフを聞いて、雅尚も同じく十度目の反論を試みた。

「だって事実だから――」

「言っていいことと悪いことがあるでしょう!」

 間髪入れず美佳に遮られ、またしても地獄の無限ループが繰り返されようとしたその時、唯が助け舟を出した。

「お腹すいた!」

 娘の訴えに、美佳が我に返って時計を見ると、針は十九時をとうに過ぎていた。

「いけない、もうこんな時間。ごめんごめん」

 美佳は立ち上がって冷蔵庫を開けようとしたが、ふと思い直した。

「そういえば、買い物の途中で病院に呼び出されたから食材が無いんだった。どっちみち今から食事を作る気にもならないし――今夜は外食にしましょう」

 美佳が高らかに宣言すると、唯はままごとを中止して叫んだ。

「やった!」

 雅尚はやっと足を崩すことを許され、こっそりと唯に「サンキュ」と耳打ちした。

 しかしこの日雅尚は、朝まで美佳に口をきいてもらえなかったのだった……。

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