第7話
早朝の肌寒さが嘘のような陽気の中、雅尚は朝と同じ散歩道を歩いていた。
今朝よりもかなり人通りはあるが、もう夕方だけあって、そのほとんどは雅尚と同じく幼稚園へ我が子を迎えに行く人々だろう。
毎朝唯を幼稚園まで連れて行く雅尚にとって、見知った顔もちらほら見える。
午後になって病院から帰宅すると、短時間とはいえ極度の緊張とストレスを受けたせいか、今度は美佳が体調を崩してしまった。
唯を迎えに行く時間になっても美佳の調子は良くならず、結局雅尚が迎えに行くことになったのだ。
「これじゃどっちが怪我人かわかりゃしない」
雅尚がそう呟いて歩を速めた瞬間、目前まで迫っていた幼稚園の門から、唯がひょいと顔を覗かせた。
「あれぇ?パパだ!」
眼をぱちぱちとさせながら、唯が不思議そうに雅尚を見上げた。
「迎えに来たよ、唯」
「どうしてパパが?ママは?」
唯は質問しながらも、ささやかなサプライズに興奮しているのか、はち切れんばかりの笑顔でぴょんぴょんと飛び跳ねている。
「ママは寝込んでいるんだよ。パパがさっき死にかけたもんだから、多分緊張と心配で極度のストレスがかかったんじゃないかな。帰ったら優しくしてあげたほうがいいよ」
「きょく?すとれ?――よくわかんないけど、わかった!」
唯はきょとんとした後、またジャンプをして叫んだ。
その時、二人の背後から甲高い女の子の声が響いた。
「あれぇ?唯ちゃんのところ、今日はママじゃない!」
その瞬間、唯は振り返ろうともせず、大嫌いなピーマンを目にした時以上に顔を引きつらせた。
雅尚が代わりに振り返ると、そこには見覚えのある、いや、忘れようにも忘れられない強烈なオーラを醸し出す母娘が仁王立ちしていた。
「やあ、金田さん」
雅尚は軽く手を上げて挨拶した。
朝の送迎時、同じ方向から幼稚園に通うこの二組の親子は必然的に顔見知りとなり、挨拶を交わす程度の間柄ではあった。
一昔前の参観日のママ達を思い出させる、胸にバラをあしらった紫色のワンピースに、パーマをかけすぎてかつらのように盛り上がった髪型の母親と、女の子でありながらおかっぱに太り気味の体型のせいで、まるで金太郎が絵本から飛び出してきたような容姿の娘は、道行く人々が思わず二度見してしまうほどのインパクトがあった。
容姿に負けず劣らず言動も個性的な様で、唯がこの親子を苦手としているのは誰の目にも明らかだった。
金太郎の母――いや、金田夫人が口を開いた。
「珍しいですわねぇ、お父様がお迎えだなんて。今日は美佳さんは?」
挨拶程度しか交流のない雅尚は、金田夫人に向かって淡々と答えた。
「ああ、ちょっと体調を崩してまして。家で横になってるんですよ」
「まあ、心配ですわね。それでお父様がお迎えに。お仕事をわざわざ休まれて?」
「いや、僕はさっき仕事中に死にかけまして、救急車で――」
「まあ、死にかけた?どういうこと――」
金田夫人が色めき立ったのを、子供なりに察知したのだろう。唯が幼児とは思えないスピードでまくしたてた。
「早く帰らないとママが心配するよ!」
雅尚のズボンにしがみついたまま見上げる唯に、雅尚は肯いて言った。
「おっと、そうだったね。じゃあ唯、一応金田さんにさよならの挨拶をしとこう」
雅尚に言われて、唯は渋々といった様子でようやく金田親子の方を向き、ぺこりと頭を下げた。
「さようなら」
唯の消え入りそうな声を聞いて、金田夫人はあまり心がこもっているとはいえない声で言った。
「まあ、唯ちゃんは相変わらずかわいらしいわねぇ。将子ちゃんもご挨拶なさい」
先程から斧の代わりのつもりなのか、母親の足を右手で掴んで仁王立ちしている金太郎――将子ちゃんは、唯を真似たつもりなのか、やはりぺこりと頭を下げて言った。
「さようなら」
将子ちゃんの地響きのような声を聞いた雅尚は笑顔を浮かべ、心のこもった声で言った。
「やあ、将子ちゃんは相変わらず不細工だねぇ」
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