彼女は決める。
こうしてピンクがある小さい山の麓に着いた。直接行きたい所だが、自然破壊になりかねないと判断した結果である。「自然を調べに来たのに壊すのはご法度だからね」という師匠の教えをきっちり守る助手である。
「何あの生き物」
到着してすぐに、ある生き物と遭遇した。茶褐色の毛で、牙を持つ獣。サイズがデカい。彼女は160cmほどの身長だが、あの獣は腰ぐらいある。
「シュー」
という鳴き声を出す。不穏な雰囲気が出始める。
「え……何?」
察した彼女は思わず後退りをする。
「カッカッカッ」
「ん?」
獣の毛が逆立っていく。毛が逆立つ理由は何だろうと彼女は首を傾げる。
「クチャクチャクチャ」
逆立った毛が最後の警告だったのか、獣は急に突進してきた。運悪く、彼女は激怒状態の獣と遭っていたというわけだ。
「ちょ!? いきなり襲い掛かって来たああ!?」
悲鳴が遠くまで響く。既に知的生命体がいない星だ。誰も助けに来ない。ちょっとしたことで命取りになる。即座に判断をする。彼女は一時撤退を決意する。
「一回、空まで行って、さっきのとこに行くしかない!」
地面を蹴って、空に行く。さきほどの跡地で少しだけ待つことにする。崩壊した金属の塔の傍に着地する。
「もう何なのあの生き物。ものすっごい凶暴なんだけど! マジで信じらんない!」
口を尖らせ、苛立ちの声で叫んだ。落ち着かせようと深呼吸をし、どうにか元の精神状態に戻った。ただ待つだけだと勿体ないので、ついでに植物の調査を行う。一歩も動かないまま、未知の植物を見つけていく。綿毛がたくさんある植物だ。風で綿がどんどんなくなっていく。最終的になくなっていった。
「これ……種がついてる?」
眼の良い彼女は綿に種があることに気づく。
「子孫を残すためにこんな形態になってるってわけ? 他のあるかなーってあった」
カメラで撮って、綿1本を引っこ抜いて、瓶の中に入れる。
「他も気になるのあるけど、うーん……瓶の個数が足りない。また後でかな。もう……そろそろいいよね。さっきの所へゴーゴーゴー!」
時間はそこまで経過していないが、しびれを切らしたのか、獣と遭った位置まで戻ることに。全ての道具を鞄に入れ、さっきのピンクのある場所付近に行った。
「流石に……良かった。さっきのいない」
激怒してた獣がいなくて、彼女は安堵した。他に凶暴なものがいないかどうかを確認し、使えそうな道をあるかどうかを調べていく。
「登ったらいいかな」
かつては整備していた道があったらしいが、完全に消滅している。とは言え彼女はフィールドワークを長年やってきている。これぐらいは平気だ。
「白いの何だろ?」
片手で岩を掴んで、片手でカメラを取るなんて朝飯前であるため、立ったまま登れるのは楽な部類である。遠くにある木の根元に白いポツポツを目にし、気になったので近づく。登っていって、撮影していく。
「植物……なのかな? データも集めとくか」
細い針で白い物を指し、データを収集。簡単な分析によるものだが、細菌である可能性高いという結果が出てきた。
「うっそでしょ? 帰ってから確認しようっと」
見た目に反しての結果だったのか、信じられないといった感じで、白いぽつぽつのようなものを見た。その後も寄り道をして、植物のデータ収集を行っていきながら、ピンクがある所へ目指していく。
「花びら?」
目的地近くで彼女の鼻に淡いピンクの先が割れている花びらがついた。
「はっくしゅ」
クシャミでその花びらが地面に落ちる。
「これって空で見たのと同じ……ってことはあともうちょっとか!」
ピンクの正体が植物であることが分かった。あとはどういったものかが気になる。彼女はワクワクしながら、登っていき、何かを祀っていたのだと分かる場所に辿り着く。これは彼女の勘であって、合っているかの保証すらない。建物自体が崩れ、形すら分からないからだ。
「名前書いてあるっぽいけど……うん読めない!」
彼女と同じぐらいの大きさの岩に文字らしきものが刻まれている。ほとんど緑の苔に覆われているため、読める人でも解読は難しそうだ。崩れた建物を見た後、周囲を探索する。裏側に回って、ようやく気になる植物を見つけることが出来た。
「ピンクの花の植物……見つけた」
足元に淡いピンクの花びらがたくさんある。土から太い根が出ている。両腕で抱き切れない程の大きい幹。大量の枝。専門家でなくとも、相当生きている事が分かる。上を見ると淡い桃色で埋め尽くされていた。花が大量に咲いている証拠だ。今が見頃である可能性が高い。
この時、軽い風が吹き始めた。いくつかの花びらが枝から離れて、地にふわりと落ちていく。満開になった後、散っていく。その様子は幻想的で儚く、美しい物だと彼女は感じた。
「キレー……」
ぼーっと眺められるレベルである。彼女が住む惑星にも植物は存在する。花も存在する。しかしどういったわけか、紫と青色ぐらいしか色がない。綺麗なものが多く、彼女は何種類か好きなものがある。それでも……もう少し花の種類があればと考えてしまうようだ。
「故郷にもこういうの……あればな」
彼女は少しでも華やかに出来るのにと思ってしまう。
「っとこうしちゃいられない! 採取採取!」
空中を跳んで、花びらと蕾の採取。更に幹に細い針を刺して、データを集める。
「ふう。こんなもんかな!」
粗方、調査を済ませた後、彼女は鞄を開けて、非常食が入っている緑色の立方体と固い材料で出来た水筒を取り出す。
「こういうのもたまにいいよねー」
そう言いながら、地面に座って、休憩が始まった。
「ほんとはエネルギー食と水筒ってどうよ……って思うけど、まあ……いっか!」
彼女が住む惑星にも花を眺めながら、食事をする文化がある。明るく暖かい庭園で茶と菓子を頂く。庶民でも金持ちでも趣味の1つであり、彼女も休みが取れたときにやっていることである。
「師匠とか、友達とかと眺めたいなあ」
綺麗な物を独り占めも悪くない。しかし彼女は大勢で楽しむタイプの者だ。知り合いと一緒に花を見て、盛り上がっていきたいという気持ちが沸き上がる。
「データを元に開発……出来ないかな?」
元々植物のデータ収集は新しい物を開発するために始めたものだ。彼女は遺伝子に詳しいわけではないため、全てに関わる事は出来ないが、出来る事もある。
「ってなるとこの環境もある程度調べないとダメってことか。土のデータも必要だし、種も欲しいし。まあ暫くここにいるからいいけど……定期的にこの惑星を見る必要があるよね。しかも長いスパンかけて。うーん気が遠くなるけど……向こうで見たいしなー。でも予算とかその他諸々でダメになりそうだし」
そもそも今まで観賞用植物の開発は行われていなかった。生活に役に立たないからという固い理由だ。この綺麗な木も食用に使われるわけではないため、すぐに却下してくるだろう。過去に彼女の提案が即座に却下された事例がある。そのため、ウダウダ悩んでしまう。
「前もダメだって言われたし……今回もダメな気が……ううん、ここでめげちゃダメダメ! 師匠にも相談して、本気で頑張って、花を故郷にも咲かすんだ!」
それでも曲げようとはしなかった。
「そのためにも、最初は種と土の採取! 花が咲いたってことは実がなる可能性が高い。とりあえず待つぞーっ!」
彼女の見たいという気持ちの方が凌駕した。目的の種の採取が終わり、惑星を幅広く見ていく。砂しかない土地だったり、海の中に根っこがある変わった木があったり、とてつもなく高い山に咲く綺麗な花があったりと本来の仕事をこなしていった。
その間に準備として、どうすれば頭の固い連中を認めさせるのかを考えたり、数年以上の計画を立てていったりした。
そしてあっという間に元の惑星に戻る時となった。楽しかったフィールドワークはこれでおしまい、彼女の本当の戦いが始まる。宇宙船に乗り込み、起動させる。彼女はニヤリと笑い、挑戦的な目つきになっている。
「さてと戻りますか! エネルギー確認! パワー確認! 点火OK! 出発!」
一気に空の色が濃くなり、大地が遠ざかる。あっという間に宇宙の海へ到達する。
「この惑星に何があったかは分かりません。でも……これだけは言わせてください。大地に咲いていたものを私の故郷でも咲かせて見せます!」
彼女はもう誰もいない青い惑星に向けて宣言した。
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