夢見草。青い惑星から。
いちのさつき
遠くから来た者、青い惑星へ。
宇宙の海にある船から眺めている者がいる。
「師匠師匠」
船を操作している者が船にいない誰かを呼び掛けていた。緑が混じった黒色のストレートの短髪、眉毛が少し短く、目がやや釣り目気味。浅黒い肌。黒色のタートルネックに全身タイツに近い服、外側に黄色の縦線が入っているブーツらしきもの。
顔付きと身体付きから、性別は女性に当たるだろう。年齢的にそこまで歳は取っていないだろう。しかし彼女は人ではない。もっと正確に言葉にすると、ホモサピエンスではない。その証拠に人にはない特徴があった。額に2つの触覚のようなものがある。身体能力などもだいぶ異なっている。
「調査先の青い惑星が見えましたよ!」
「何だ。もう着いたのか。……折角の優雅なモーニングが」
透明の色付きモニター画面が宙に出てきた。彼女と同じ2つの触覚を持ち、白い髪と眉と髭がある歳を取った男らしき者。ちょっと残念そうに呟いている。彼がいる所は活動時間が始まったばかりなのだろう。
「文句を言わないでください。変な事したらまた奥さんに報告しますが?」
「それは止めて」
師匠より彼女の方が強そうに見える。というより弱みを握られているのだろう。
「今回は何もしてないので何もやりませんが……それで師匠、今回の任務についてですが」
「植物のデータの収集と……可能であれば惑星の歴史を探る事。開発の参考になるだろうという上の命令だ。危険だと判断した時、速やかに撤退をやっておくように」
「分かってます。それでは着陸の準備に入るので通信切っておきます。会議に遅刻しないでください」
「うぐ……」
彼女の忠告が師匠の心にダイレクトアタック。普段から遅刻するタイプらしい。師匠の反応を見て、彼女はため息を吐きながら、彼向けの通信を遮断する。
「さあて。行きますか!」
人類が想像していたUFO像が青い星に着陸しようとする。彼女は操作席にあるガラスのように透明なキーボードに指が触れる。手早いタイピングの動きをする。
「着陸のターゲットの自動捕捉を起動。耐熱シールド展開。自動制御システム作動。さあ、青い惑星に突入だああ!」
高いテンションで外からの宇宙船は青い惑星に突入した。近くに見えていた月が遠ざかる。空の海の色が薄くなり、水色に変化する。白いふわふわの雲が見えてくる。雲を通過すると、太陽の光に当てられキラキラと輝く青い海が広がってくる。鮮やかな緑色が見える。
「うわーきれー!」
彼女は目を輝かせる。その時、無機質な女性の声がアナウンスしてくる。
「あと1分で着陸を行います。衝撃に備えてください」
「場所は……もうこれ……自分で操作しちゃおう。自動制御システム解除、マニュアル操作に変更っと」
自動制御システムは操作する必要がないので楽だが、着陸時の衝撃はキツイ。そのため彼女は自分で最後は操作しちゃう派だ。住む惑星の住人にとって難易度が高いため、あまりやりたがらないが。
「よし」
徐々に高度を落としていき、砂浜に着陸。底からの衝撃を感じた。
「着陸成功っ! お疲れ様でしたーっ!」
師匠と一緒に乗っていた癖が抜けないままの発言である。癖に気付いた彼女は顔を赤くし、外に出る準備に入る。
「まず私が素のままでいられるのかどうかの確認をしなくちゃね!」
席から立つ。右後ろのある位置まで数歩歩く。そこで足が止まり、しゃがみ込む。
「よーいしょ!」
床に不自然なところがあり、そこを引っ掛けて、スライドさせると、調査で使う道具がたくさん入っている。
「よろしくねークスクス」
手のひらサイズの銀色の球を船の真ん中にある円に置く。彼女のネーミングセンスは壊滅的なため、突っ込んではいけない。クスクスという銀色の球は調査の道具である。浮いたり、転がしたりしながら、気体を中に集めて、分析をしたり、映像を撮ったりする機械だ。また、自動で本拠地である船まで戻す機能も持つ。
「データを集めておくかな」
鼻歌をしながら、操作席のキーボードで調査機のデータを整理する。海の方も調査する。
「げ!?」
途中、鋭い牙を持つ獰猛な海のギャングが現れて、焦った時があったものの、無事に機械を船に戻す事が出来た。
「あー……危なかった。何あの生き物。下手したらこっち死ぬじゃん!えーっと結果は」
傷がない状態で戻って来たので、ホッとする。しかし獰猛な海の生き物が恐ろしく見えたのか、ややビビっている。彼女は解析結果を見る。そして結論付ける。
「私が素のままでも問題ないと! そうなると早速準備ね!」
黒いウエストポーチに指サイズの瓶3つ、タブレット端末のようなものとそれに繋がっているとても細い金属の針、救急キット、カメラ、ミニスコップ、水筒、非常食、護衛用の銃の弾扱いの電池、被せれば透明になってしまう布を中に入れる。更にウエストポーチにくっついている袋に銃を差し込む。
「ゴーグル、念のためにもってこーっと。あとは腕時計に船の位置を記録して。いざ! とっつにゅー! 待ってろよ!」
彼女の調査がここから始まる。何があるのだろうと思うと、彼女の冒険心が高ぶっていく。テンションが上がったまま、船から出ると、太陽の眩しさが目に入った。風による葉っぱの音、鳥と動物の鳴き声、海のさざめきが耳に入る。
「あったかー」
彼女の故郷の惑星はずっと寒い。暖かくなる事が稀である。星全体の調査で地域に差があることは分かっているが、ずっと寒い理由はまだ謎のままである。日の光に当てられているのもあって、身体がポカポカになっている。慣れない感覚だが、心地よいことが本能で分かる。そういうこともあってか、次のようなセリフが出てきてしまう。
「あーこのまま寝ていたい。いやいやダメだ! 寝ちゃ!」
用事がないならこれで良かっただろう。だが彼女は否定して、顔をブンブンと左右に振る。
「こういう時は深呼吸深呼吸。すーっ…はーっ…空気うま」
彼女の住む星の空気は汚くなりつつある。社会問題として扱われ、解決しようと思っても、積極的に政府が動こうとしない。久しぶりのうまい空気を吸って吐いて、堪能する。満足して、ようやく動き始める。
「よーいしょっと」
ウエストポーチに入れていた透明の布を取り出し、船を被せる。
「これで良しと。船をオフモードにして」
惑星調査法の中に「船を隠す事」が入っている。昔、他の惑星で調査をしていた者が独特の知的生命体に船を見られてしまい、殺された経緯があったからだとか。
「知的生命体のためにも、オシャレしとくかな」
腕時計をタッチすると彼女の服装が変わった。黒いヘアバンド、袖の無い上半身に張り付いている黒い服、紺色の短いズボンに変化。そこまでやる必要はないが、彼女の趣味に近い。実際、以前師匠から「そこまでやる必要ないよね?」と言われた事があるのだ。
「種とか根っことかの収集しながら森の奥に進んでいこうかな」
森の中に入っていく。木の葉っぱがあるので、日の光が入って来ない。
「うーんこれはちょっと寒いかも」
日向から日陰へと移動した結果である。とは言え、寒さは慣れっこのため、調査は継続である。初めて見るものが多いため、キョロキョロと視線が動いていく。
「下にも上にも植物かあ」
気になったものがあれば、鞄から調査器具を取り出し、針を幹に差し込み、データを収集していく。
「草はお持ち帰りかな」
細い草を引っこ抜いて、瓶に入れる。
「なーんかこの辺り、似たような光景ばっかな気がするんだよね」
更に時間が経過し、探索をし続けていたが、調査員というより彼女個人として飽きてしまった。
「他に何か目新しいの、あるかなー。もう少し遠いとこまで行くしかないかな?」
と思わず言った時だった。
「ガシャッ! キィーッ! ズドンッ」
崩れる予兆を思わせるような音と金属の不快な音。その後に何かが倒れる音。相当大きかったのか、彼女は耳を抑えながらも、方向を捉えようと動く。
「今の何!? 結構近いとこからかな? うん、行ってみるか!」
ある程度推測してから全力ダッシュ。ただし、森の中にいるため、控えめである。枝にぶつかって、顔や腕に傷が出来ているが、気にしない。そのまま音のする方に向かう。
「森から出れる!」
木々が一切ない所を発見。最後の力を振り絞る。
「ゴーッル!」
両腕を上げてガッツポーズである。声が遠くまで響いていく。
「えーっとこれって」
何かがあったらしいが、全て植物で埋めつくされている。更に金属の塔が跡形もなく崩れている。金属の棒が地面に突き刺さっている。
「さっきの音ってこれのこと!? うーんこの星って、前は私たちみたいなのいたってことかな」
鞄からカメラに近い機械を取り出し、地面に刺さっている金属を撮る。ぐるりと一周して、10枚ほど撮影した。
「もうこの星に知的生命体がいないってことなのかな? おーい! 誰かいませんかー!?ってうわあ!?」
歩いて調査をしようとしたら、何かに躓いて転んだ。どうにか両手で地面をついたため、怪我はしていない。
「いったー……何なのもう!」
ヒリヒリと痛む両手を擦りながら、立ち上がって後ろを見る。何かが埋まっている。
「うーん掘ってみるか」
ミニスコップを取り出して、掘っていく。時間が経たない内に物体の全貌が分かった。
「何これ?」
赤いキャップ、土のついた透明の容器のようなものだ。しかしこの容器は一部分らしく、欠けている部分があった。
「これも知的生命体の産物ってことかな。吸収出来てないのはそういう仕様? ……持ち帰りたいけど……土、落としたいなあ。お! 丁度いい水みっけ!」
流れている小川を見つけた。そこで拾い物を洗う。洗い途中、透明で黒いスジの入った小さい生き物が何匹か草の中に隠れているのが見える。
「川が底まで見えてる。こっちも取っとくかな。あ。ごめん」
拾い物を鞄に入れ終えた後、水の草を取る。透明の小さい川の住人がくっついていた。
「君はおうちに帰るんだよー」
川の生き物を小川に戻し、周辺の探索を行っていく。建物らしきものが完全に崩れている。灰色の断面が見えているところもある。別の金属の塔が複数あった。遊び場だった金属の道具や生物の置物が植物に覆われている。
これらの情報を踏まえ、知的生命体が住む街だった可能性が高いと彼女は考える。知恵を使い、道具を使い、繁栄をしていく。これが知的生命体の特徴であると定義されており、実際に高度な文化を生み出しているケースが多いからだ。この青い惑星もそうだと推測している。
「どんなに優れた知的生命体の産物でも、自然相手には太刀打ち出来ないってことか」
それでも大自然に敵うわけがない。金属の塔の崩壊。跡形もない住居地。作った物全て、無に帰りつつある。彼女たち知的生命体の未来になる可能性も否定出来ない。それを痛感したのか、今までで最も小さい声量で、元気がない。それでも一瞬だった。
「って今はこういうの考えてる場合じゃないんだった! 植物の調査の続き!」
彼女はブーツの外側にある黄色の縦線に触れる。何かが起動する音が鳴る。
「フライングモード起動。ホップ、ステップ、ジャンプ!」
ただの跳躍である。ただし数メートルの高さであり、一望出来るぐらいになる。周りに緑の山があり、遠くに白いものがあり、右側を見ると小さい島がある。
「これって何だろ?」
ぐるりと見てみると、気になる物があった。緑の中に淡いピンク色があった。小さい山の中央辺りだ。
「行ってみるか!」
目的地を定めて、空中を蹴って向かった。
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