あの日僕らはそこにいた
桜木薫
出陣
すらりとした高身長に甘い顔。低い声。彼はいつもカッコよかった。遠くから見ているだけで幸せだった。それなのに。いつから僕は多くを望むようになってしまったんだろう。
画面越しの対面。いや、対面ではない。ただ僕らが一方的に彼をみているだけだ。この熱狂も彼に伝わっているのだろうか。わからない。僕はただ、爽やかな笑顔を振りまく彼を見つめている。
彼に出会った、いや、知ったのはちょうど1年ほど前のこと。偶然目にしたポスターに僕の目は釘付けになった。何かの雑誌だろうか、格好良くポーズを決めた彼はその日から僕の「アイドル」となった。
帰宅してすぐ、名前を調べた。K。それが彼の名前だった。
彼の情報を調べ始めてすぐ、年齢が近いことを知った。
1週間後には誕生日も、身長や体重でさえ暗誦できるほどに僕は彼にハマっていった。Twitterアカウントも、インスタグラムも、彼が発信するものは全て収集した。雑誌も彼が載っているものは片端から購入した。彼が今どんな仕事をしていて、何を感じ、どんな未来を想像しているか。少しでも理解したい一心だった。
しばらくして、嫌な情報も手に入るようになった。ストーキングをして困らせるファンがいること。中には盗撮や下着を盗むなどの犯罪行為を犯す人がいること。心ない言葉で、傷つける人がいること。そして同時に、自分と彼らがほとんど変わらないのだということを。
彼らはいうのだ。
「ただ、大好きな気持ちを止められなくて」
好きなら何をしてもいいわけではない。自分はしないと思いたいが、そう思ったが最後、気がついた時には一線を超えているような気がした。僕はそれが怖かった。
僕の住む地域に、彼がやってくることを知った。もちろん仕事で、である。いわゆるサイン会のようなもの。もちろん僕はチケットをゲットしている。自分の住む街へ来ることを知ったときは思わず小躍りしたものだ。
もうすでに有給休暇は申請してある。明日、彼に会える。でも正直、会うのもなんだか恥ずかしい。彼は僕を嫌がらないだろうか。僕はその晩、不安になって一睡もできずに朝を迎えた。
見事に真っ黒になった目の下はコンシーラーでなんとか隠した。いざ、出陣だ。
あの日僕らはそこにいた 桜木薫 @Skrg_K
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