君を殺す寓話

真崎いみ

第1話 再会


世界を真白く染め上げる雪が降っていた。

街はイエス・キリストの生誕を祝う祭りを呼び込んで、華やかなイルミネーションで宝石をぶちまけたかのように輝いている。

大きなうさぎのぬいぐるみをプレゼントしてもらったのだろう、小さな女の子が嬉しそうにそのぬいぐるみを抱えていた。両隣で父母らしき人物たちが優しく慈しみに満ちた目色でその子を見守っていた。

一人、待ち合わせ場所に多様されそうな銅像の前に立つ女の子が頬をりんごのように赤くしながら、マフラーに口元を埋めている。そして、はっと気付くように目線を持ち上げた。その見つめる先には後ろ手に小さなプレゼントの箱を隠した男の子が立っていた。

紙袋に今夜のごちそうに使う食材を詰めた老夫婦が、手を繋いでゆっくりと歩いて行く。滑らぬように、転ばぬように相手を思いやった速度だった。

「…。」

私は、そんなしあわせな風景を見ながら、サクサクと道に積もった雪を踏みしめていた。ミルク色の呼気を吐き、手を温めようと試みる。雪の結晶がアンバーブラウン色の短い髪の毛に咲いた。

人が行き交う広場を通り過ぎて、街の外れに訪れた移動遊園地を目的地として向かう。子どもたちの笑い声とアコーディオンの音楽が聞こえてくる。角を曲がると、唐突にその景色は現れた。

金色の裸電球の灯りがきらめき、色とりどりの風船を配るピエロが人気者となり子どもたちに囲われている。小さな人力の観覧車や射的のゲーム、綿飴やポップコーンを売る屋台が人々を待ち受けた。中央には移動遊園地のシンボル、古めかしく金メッキが所々にはげつつも華やかなメリー・ゴーランドが鎮座している。可愛らしいオルゴールのような曲が流れ、ゆっくりと作り物の馬たちが駆けていく。

横目にアトラクションを眺めながら、私はコートのポケットに突っ込んでいたチラシをカサカサと揺らしながら取り出した。見出しにはこの移動遊園地の宣伝が大きく書かれている。そしてチラシの下部に記載されている、見世物小屋の位置を確認した。今日の目当てはピエロでも、お菓子でも、アトラクションでもない。この見世物小屋だった。見世物小屋は移動遊園地の最奥にして、片隅に追いやられていた。どうやら、あまりメジャーではないらしい。

ー…人魚の生き人形。

洒落たつもりだろうか、見世物小屋の前の看板にはそんな見出しが書かれていた。

「ここに…、」

私はチラシにぎゅっと皺を刻むように握り締めた。しばらく白々しいほどに明るい色彩の看板を見つめ、意を決して見世物小屋に入った。チケット売り場には年配の男性がいたが、脇に酒の瓶を抱えてこくりこくりと眠っている。人気が居ないこといいことに、飲酒をしていたらしい。私は男性を起こさぬように奥に続くカーテンの先へ、身体を滑り込ませた。侵入は容易だった。

かつん、かつんと靴音がわずかに響く。短い廊下がやけに長く感じた。突き当たりに木製の扉があり、丸い金色のドアノブをひねった。ギッと軋ませながら扉は開く。そして私は、室内の光景に息を呑むことになる。

赤子をあやすようなオルゴールの音が響き、ガラス製の棺の中に横たわる彼女がいた。

艶々と豊かだった黒髪は乱れて枝毛になり、所々に白銀色の髪の毛が房となっていた。しっとりと丸かった頬はこけ、手に馴染みの良かった肌は見るからに乾き突っ張るようだった。瞼は閉じられているものの、微かな胸の上下で呼吸していることがかろうじてわかる。

チープながら華美な印象を与える白いレースのウエディングドレスのから伸びる下肢は、人のものではない。そこにあったのは魚の尾鰭だった。青銀色の鱗だけがぎらりとテカり、鰭は所々裂けているのが痛々しい。

「…見つけた。」

私はガラス越しに手をついて、ぽとんとインクが滲むように呟いた。

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