第3話 七野なな 新東京大学 暗号数理情報学研究室所属
新道は新しく迎える研究者の顔写真と経歴に目を通していた。
七野なな。新東京大学 暗号数理情報学研究室所属。
近著「公開鍵暗号/楕円曲線暗号の解読方法、及び安全性について」はファーストオーサーとしてクレジットされている。研究者の増員にほくそ笑む。しばらくは、暗号製造も研究も目立った成果が上がっていない。あと少し、必ず任期までに稼ぎ切りたい。新道は自分だけのプランを何度もイメージした。
「本日から勤務始める七野さんが新道区長にご挨拶にいらっしゃいました」とコールがあった。秘書に連れられて入ってきた研究者は緊張はしているもののなんとなく華やかな雰囲気を持っている女性だった。
「初めまして、新道区長。今日から九塞溝で研究に従事します、七野ななと申します」
「これはこれは七野博士。貴女のような優秀な研究者に来ていただき、大変光栄に思っています」挨拶もそこそこに、新道は研究室での研究内容・九塞溝に関する守秘義務について解説した。
「九寨溝の存在は親、恋人、恩師など身近な人に具体的なことをお話することはできません。これは特別なことをではありません。教授や先輩の研究者から聞かれて聞かれていますよね? 暗号資産のみならず、兵器、医薬品、ネットワークの先端的な研究についてはどんな身近な人にも口外はご法度です。もし、漏れ出した時は、法のもと適切な処罰を受けることはご承知おき下さい」七野は了承の旨を伝え、いくつかの書類にを署名した。
「他に何か不安なことはありますか?」
「九塞溝で扱う楕円曲線暗号は久しぶりのテーマですので・・・」
「大丈夫ですよ。我々、行政のバックアップがありますのでご安心下さい。この研究は新東京都だけでの成果だけではありませんよ。国家の富を作ることです。これは新日本国の国益となります」
新道はひと呼吸おき「それは十二分にご認識されていますでしょう? 我々に時間は充分に残されているわけではありません。九寨溝の情報処理能力はまだまだ他の研究に回す必要があります。例えば、再生医療のようなものですね」
七野は相槌を打つのが精一杯だった。
「九寨溝で再生医療の研究進むと私がこの椅子を不要とする日がやってくると信じております。それには一日でも早く、暗号研究で一定の成果を上げ、次の九寨溝の課題である再生医療研究にリソースを分けないとならないのです」
これもまた新日本国の国益ですと言葉を結ぶと七野に辞去を促すように電動車椅子を応接間の出入口に向けて動かした。
新道は七野が去った後、湾央区の特殊部隊 部隊長ヤマダに連絡をとった。
「暗号資産の流出について聞いているな。どんなケースが想定される?」
「湾央区のシステムに入り込めただけでも、指折りの侵入スキルを持っているものと思われます。資産については自分の口座へ流し込んでいるわけではありませんので、実益を求めているわけではないと考えます。現状、マスコミなどに情報をリークし楽しんでいる愉快犯が一番可能性が高いと考えられます。もしくは、個人的な恨みを持っている人物でしょうか」
「わかった、愉快犯であるなら、まだまだリークするかもしれない。徹底的に捜査をしてほしい。これは湾央区の名誉のためだ。期待しているぞ、ヤマダ部長」
新道はこれで簡単に収まるようなものではないと考えていたが、次の手が具体的にあるわけではなかった。
「後はガーコム社の野屋だ。あの女を呼び出して九寨溝のことを聞かねば」
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