第4話 秘密

 野田、つまり佐伯の父親にもあたる人物はとうの昔に亡くなっていた。


 野田の母親は佐伯の父親と大学時代に知り合い、のちに恋人となった。

 佐伯の家は裕福だった。そして家柄を重んじる家庭であった。

 故に彼の家族は、母子家庭で育った野田の母親との交際を認めず、2人は泣く泣く別れることになった。

 が、その後で妊娠に気付いてしまう。

 野田の母親は別れたショックもあり、すぐに病院にも行けずそのまま堕ろす期日が過ぎてしまった。

 しかし彼女は、膨らんでいくお腹を見て堕ろすことを止めた。

「この子はあの人と共に愛した証拠なのだ」とそう思い、ついに産むことを決意したのだ。


 一方で佐伯の母親は佐伯の父親と見合いで結ばれた人であった。

 しかし佐伯が6歳の時に父親は事故で亡くなり、彼の母親は未亡人となる。

 未亡人という立場を心配した身内が、佐伯の父親の父親、彼らにとって祖父にあたる人物の秘書をしていた男性との結婚を勧め、佐伯が7歳のときに再婚した。


 そしてそれが佐伯の今の父親となる。

 佐伯は両親について、本当の父親は既に他界しており、小学生の頃から義父が育ててくれたと野田に話していたそうだ。


「そろそろ、ご両親に挨拶に行きたいと思っていて、互いに家族の話をよくするようになりました」


「顔や性格はどちらに似ているの、という話になったとき、彼は私に写真を見せてくれたんです」


 彼は自分は母親に似ているんだと言いながら、家族で遊園地に行ったときの古い写真を見せた。そこには幼い彼の肩を後ろからそっと支えている男性が映っていた。どこかで見覚えがあった。


 実家にあった写真。野田の母親は、骨がない代わりに父親の若い頃の写真を飾っていた。


 その父親の面影を感じた。彼の父親も私の父親と似ているんだ、彼女はそう思った。けれど――。


“僕の父の名前は「雷」って書いてあずまって言うんだ”

“名前と違って、怖い人じゃなかったんだけどね”


 その言葉を聞いてどんな顔をすればいいか分からなかった。

『あずま』。そう、彼女の父親も同じ名前だった。

 彼女の母親は父親のことを呼ぶときに、ずっと“あずまさん”と言っていたのだ。

 彼女が少し大きくなってから、どういう字を書くの、と聞いた時に

“カミナリって書くの。面白いよね、全然怖くなくて優しい人だったの”と言ったそうだ。



 もし彼が生きていて野田の母親と暮らしていたのなら、彼女は彼を「お父さん」と呼んでいただろう。



「偶然が偶然を呼んだんじゃないのかい?」


 嘘であってほしくて私は聞いた。


「彼に分からないよう、こっそり髪の毛を抜いて遺伝子検査をしたんです」

 ――結果は、兄弟関係にあると出た。


 何も言えなかった。

 証拠があるのならこれ以上調べることはない。



 彼女は話す。

「彼とは一緒になりたかったけど、これ以上は居られない」


「彼から正式にプロポーズされる前に、彼のご両親に会う前に、なんとしてでも別れないと、ってそう思ったんです」


 だから、焦って別れ話を切り出したのか。

 彼女はきっと普段から嘘をつくことはないし、愛情深い人なんだろう。

 そんな彼女が急に別れ話を持ち出したため、彼には信じられなかったのだ。


 私は一応聞いた。


「辛いとは思うけれど、本当のことを言わないか?

 言わないと、彼にとってあなたはこの先ずっと悪い人になってしまうよ」


「いいんです。悪い人になっても」


「きっと出会ってはいけなかったんですよ、私たち」


 笑いながら泣きそうな顔で言う。


 ……不公平だな、この世の中は。

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