【KAC20222】推しに押し勝つっ!!

タカナシ

「愛ゆえに」

「とうとう、とうとう、私の布教が実ったのねっ!! 高一のときから、単行本はもとより週刊少年ジャビンを勧めたり、ウルトラジャビンを勧めたり、同じ作者の短編を勧めたり、実用的なグッズを誕生日にプレゼントしたり、ようやく、ようやくその努力が実を結んだわ! あとは沼に突き落とすだけね」


 目の前で、幼馴染のユカコが握りこぶしを作り、歓喜に身を震わせる。

 最後の一言が、よく分からなかったけど、たぶん、聞き間違いだろう。


 そして、ユカコはホラーの悪霊のように、ずりずりとオレの方へ向かってくる。長くサラサラの黒髪は乱れ、さらにホラーの悪霊のようにも見えるが、髪をかき上げると、卵型の可愛い系の顔に二重瞼のくりっとした瞳がこちらを覗き込む。


「で、どのキャラが好きなの? 私はもちろん、全員推しなんだけど、その中でも推しの中の推しはミカン君ってキャラなの。彼のカッコよさは後で語るとして、こうしてお互い語る為にもキミの推しも聞いておきたいの」


 美少女の幼馴染がぐいぐい迫ってくるのは高三の男子としては非常に嬉しいような困るようなシチュエーションで、思わず顔をそむける。


 なんで、こんな状況になっているかというと、この度、オレはユカコが推しに推していたマンガをアニメ化を機に見てみることにしたのだが、見てみると、これがめちゃくちゃ面白くて、なんで今まで見なかったのだろうと後悔するくらいだ。


 で、その作品、『スカイラークの突飛な探検』には数多くのキャラが登場するのだが、我が幼馴染は全キャラ把握しているし、なんだったら、一瞬しか出てきていないようなモブキャラですら名前を憶えている。

 さらに彼女は北に舞台となった場所があれば駆けつけ、西にあれば、国を飛び越えても見に行く。

 そういうのを聖地巡礼と言うらしいが、毎回、それに付き合わされていくこっちの身にもなってほしい。


 というのが、この作品を見るまでのオレだったのだが、その面白さに魅了された今では、一緒に行って良かったとすら思っている。

 それで、本題。オレの推しキャラなんだけど……。


「あ~、えっと、すごいニワカっぽくて申し訳ないんだけど、やっぱ主人公のヒバリかな」


 恥ずかしそうにオレは告げると――


「バカ野郎っ!!」


 バチンと叩かれた。平手で思いっきり。

 普通、こういう時のノリって、ふざけてで、やる振りとか奇をてらってグーとかだったりするけど、普通に平手で来た。

 いや、それだけ真剣なのかもしれない。


「私たちの世界にはニワカって言葉はないんだ! ニワカっていう言葉を使うのはその作品のファンじゃなく、ただ文句を言いたいだけのお子ちゃまなんだよ! 新規なら使ってもいい。そして新規を蔑ろにする作品は衰退するのよ。いいっ! 後輩を育成できない業界は、マンガだろうと部活だろうと仕事だろうと終わりなのよ!」


「わ、わかったよ。もうニワカなんて言わないよ」


「OK。私も熱くなり過ぎたわ。ところで、さっきも言ったけど、私は全てのキャラが好きなの。だから、当然主人公も好きよ」


「う~ん、でも主人公が好きっていかにも浅くしか見てない人っぽいかなと思って……」


「そ、そんなことを悩んでいたのね。ごめんなさい。一番近くにいる私が気づいてあげるべきだったのに」


 ユカコはゆっくりとオレを抱きしめると、


「いいじゃない。主人公が好きな人はいっぱいいるし、いっぱい好きな人がいるキャラだからといって、キミの好きだという気持ちを後ろめたく感じたり、恥ずかしがったりしなくていいんだ」


「えっ!? いや、そこまで大きな悩みじゃないんだけどっ!!」


 しかし、ユカコのハグもとい拘束は解けない。


「大丈夫。私はキミの味方だから」


 こ、これは色々マズイだろっ!

 香水なのか柔軟剤なのか分からない甘い香りとか、がっつりと当たる胸とか胸とか、胸とかっ!!


「あ、あのさ、もう大丈夫だから、それより、欲しいグッズがあるんだけど、どうやったら買えるのかな?」


 そう言って、欲しいグッズの説明をしようとすると、軽くユカコが離れた。その隙にスマホを取り出して見せた。


「ええ、どれどれ?」


 楽し気にスマホを受け取ったユカコだったのだが、そのグッズを見ると、可愛い顔が台無しになるほど顔をしかめた。


「このグッズは……、結論から言うと、手に入らないわ。正確に言えば、正規の値段では手に入らないと言ったほうが正しいわね。私もその商品を探して色んな店舗に行ったのだけど、どこも売り切れで、なんとか1つだけ手に入れることはできたのだけど、そのほとんどが転売ヤーに抑えられてしまったわ」


「転売ヤーってあの?」


「ええ、高く売れそうな商品を買い集め、その後、足元を見て高値で販売する、まるでカエルのしょんべんよりもゲスなやつらよ!」


 女子高生がしょんべんとか使わないでほしいんだが……。ここはユカコにそんな言葉使いをさせた転売ヤーを恨むべきなのかな?


「グッズとは――」


 ユカコはオレから離れると、立ち上がり、なにやら講演のように説明をし始めた。

 とりあえず、離れてもらうという目的は達成かな。


「グッズとは、私たちが愛を示すためのものであり、愛を注ぐもの。そして作者さまと関係者各位に愛を伝えるものなのよっ!! それを金儲けやちやほやされる為に、本当に欲しい人から奪い去る行為は断じて許せないのよっ!!」


「おおっー!!」


 あまりの熱意に思わずパチパチと拍手をする。


「スゴイ。推しがいるってここまでなのか!? そのパワーの原動力は?」


「そりゃあ、『愛ゆえに』としか言えないわね。ほら、キミも好きなものに対してそうだったことはない? いくらお金を使ってもいいと思えたり、どんな労力も厭わなかったり。誰かにその素晴らしさを広めたかったりとか。それこそ、抜け出せない沼に落ちたような感覚っていうのがないかな?」


「ああ、なるほど。よく分かったよ。うん。すごく良く分かった」


「そう! 分かっくれて嬉しいわ! それじゃ、これからヒバリについて話しましょ! たぶん、3時間くらい掛かると思うけど、覚悟はいい? 私はとっくの昔にできてるわよ!」


 うん。非常によく分かるよ。だってオレの本当の推しはユカコなんだから。

 聖地巡礼に行くのにお金と労力を使っても、ユカコと一緒に居たかったし、もう好きすぎて抜け出せない感覚だってよく分かるよ。

 これが推し活ってやつか……。

 

 『好きだという気持ちを後ろめたく感じたり、恥ずかしがったりしなくていいんだ』

 さっきのユカコのセリフが頭に蘇る。

 ついでに、ユカコは何やら一人で喋り続けているけど。もしかして、似たセリフ言ってた? いや、そんなことはどうでもいいっ!


 うん、当たって砕けろだ! まずはオレの好きを知ってもらわなくちゃ!


「な、なぁ、ユカコ。オレ、好きなんだ」


 それを聞いたユカコは満足気な顔を見せる。


 おっ! もしかして、脈あり!?


「分かってるわよ。ヒバリの宿敵、CO様も好きなんでしょ! 私もよっ! ヒバリの次はCO様ね! それは5時間を要するわ!」


「えっと、あ~~」


 これはもしかしなくても、CO様の事を話してるときに言ってしまったのか。オレの告白をっ!?


 ユカコは引き続き、楽しそうにヒバリの事を話し続ける。その笑顔を見ていると思わずオレの顔もほころんでしまう。

 オレがユカコに勝つのは絶対無理だろう。


 とりあえず、推しに押し勝つところからだな!

 伝われっ! この愛っ!!

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