再びの「カフェ・ピッツベルニナ」(四)

「その点は後で青田から説明があるわ。私の調査は間に合わなかったし、後から調査したものもあるの。とにかく、その内にクラスのリーダーが気付いてしまった。そして指示を出した。丸い櫛を中心に見えない女の子のビジュアルを設定してしまえと。亜耶子さんにそっくりにしてしまえ、と」

 それは嗜虐心の表れだったのだろうか。だがこれで“見えない女の子”については、ほぼ解き明かされた事になる。

 その他の要素についても――

「二つのイジメが重なることで、並べられた要素の整合性は最初から無かったも同然でした。その不条理が、奇しくも不条理の表れである『呪い』に説得力を与えていたようですね。さらに“偶然の一致”がそれを後押しした。両方がそれに気付かない。そして御瑠川もそれに気付かなかった。イジメが二つ重なっている、というのはなかなか気付けるものでは無い。気付いた時には、すでに新たなイジメが発生していた。対象は姪御さんですね。何しろクラスでですから。――始まったのは金曜だったか?」

「そうね」

「え? ちょっと待って下さい。亜耶子ちゃんがああなってしまう前の金曜って事ですか? 私、普通に日曜日に亜耶子ちゃんと話ししてますよ」

 一緒に大河ドラマを観た記憶が朋代には確かにある。

 それに青田はまず大きく頷いた。しかし続ける言葉は接続詞から始まった。

「ですが朋代さん。イジメられている子がそれを隠そうとする事は、よく耳にされるのでは?」

「それは……確かにそうですけど……」

「さらに言いますと、この時の姪御さん、“イジメられている”という感じではないようですね」

「それはどういう……?」

「有り体に言いますと、逆にクラスメイトをイジメ返していた。周囲のイジメに屈することがなかった、と言い換える事が出来れば良いのですが」

 それに対して何か言いかけた朋代を、青田は手で制した。

「姪御さんは、普通のイジメでは露ほども痛みを感じていなかったようです。何しろ命を狙われている――そう思い込んでいるのですから。それ以外は問題無いと判断していたようです」

「でも『呪い』については……確かにあの子は怖がっていたんですよ」

 何しろ朋代はそれを感じ取って、天奈に相談したのだから。

「ええ。確かに怖がっていた。なにしろ身に覚えがある過去の持ち主ですからね。ですが、姪御さんが真に怖がっていたのは『野倉美咲に呪われる』こと。この形が、姪御さんを最も恐れさせた形。だがそれは人に言うわけにはいかない。しかし身の周りでは確かに不可思議な事が起こっている。では、それを人に訴える場合、姪御さんはどう説明したか――」

「――『自分で自分に呪われる』」

「これもまた、途中でねじ曲がってしまっている。何時しか姪御さんは自分で呪われる――謂わば『自己呪じこじゅ』に縋るようになった。自らの行いを隠し、他者からの悪意を感じず、自らは被害者だと強弁できる。そんな便利な呪いに」

 その青田の言葉に、朋代は圧倒されてしまった。

 言い返したい。否定したい。しかし――青田の言葉が持つ整合性が、それを許さない。つまり、これが――真実。

「だが、そのままではよろしくないことは言うまでも無い。少なくとも混乱を収めなければならない。となれば、出来るだけ被害を抑えなければならないことはおわかりのはず」

 そして真実は、それだけで完結することは無いのだ。どうしても真実は次の生贄を欲する。

 そして青田は真実に向き合い、残酷な判断を行ったのだ。

「そ、それで亜耶子ちゃんを」

「はい壊してしまうことにしました。やり方は王道、あるいは邪道。『老子』にこういう言葉があります。

 ――将にこれを弱めんと欲すれば、必ず固くこれを強くせよ。

 この言葉を応用しました。まず姪御さんを強めます。その時に使うのは因縁のある櫛です。それにもっともらしい理屈をつけて姪御さんに送りました」

 恐るべき計略を明かす青田。

 その目は爛々と輝きを増していた。

 朋代は何とかして言い返したかった。だがどうしても……どうしても声が出せなかった。

 そして声が出せたとして、一体何を言えば良いのか。

「――呪いを櫛に肩代わりさせるという理屈をね。これに姪御さんは従わざるを得ない。何しろ櫛も呪いも同時に葬れるのだから。だが、こちらが送った櫛には壊れやすい細工を施していましたので、狙い通りの結果になりました。

 櫛が壊れたことで自己呪は自分の中に留まった――自分のミスで。

 そう思わせることで俺は姪御さんの心を壊したのです。姪御さんご自身が設定した呪いがよほど強烈だったようですね。計算違いと言えば、櫛が到着した翌日に壊れてしま事ぐらいかな?」

「あ、あなたは……」

 朋代は喉を絞り上げて、無理矢理声を出した。どうしても聞きたい事があるからだ。それはつまり――

「……あなたは一体何者なの? 大学生とかそんな肩書きじゃなくて……」

「『軍師』です。その“志望者”と言うのが正確なところですが」

「軍……師? こ、孔明みたいな?」

「彼は軍師として評価するよりも、政治家と言うべきですが……そうですね。彼の名前がでたことも良い機会です。今回の事態に関する俺の説明を続けてもよろしいですか?」

 まるで知人のように歴史上の人物を語る青田。だが朋代は笑うことが出来なかった。

 青田の言葉。そして策。それはまさに……

 そして、その朋代の沈黙を青田は了承と受け取ったのか、話を続ける。

 それは問いかけから始まった。

「朋代さん。今回の事態。何処に元凶があると思われますか?」

 朋代は、それをイヤミだと受け取った。元凶とは亜耶子以外には考えられないからだ。イジメていたという最悪な過去がまずあるし、こちらに越してからの行動も尋常では無い。

 どう考えても、亜耶子こそが元凶にしか思えなかった。

 だが、次に放たれた青田の言葉は意外なものであり、そして平凡極まりないものだった。

「――俺はこの元凶は、現行の教育体制にあると考えています」

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