再びの「カフェ・ピッツベルニナ」(二)

「俺はコーヒーで良い。君もそうだな。角谷さんは?」

「あ、私も」

「じゃあ、それを三つ」

「この店は銘柄も指定するのよ」

「ええい面倒な。俺はキリマン」

「私はモカで。朋代さんはブラジルだったわね」

 それを受けて、ウェイターが一礼して去って行く。

 その背中を見送りながら朋代は完全にペースを握られている事に気付いた。だが、抗う術が無い。

「じゃあ、椅子の位置を変えますか。別に尋問したいわけじゃ無いんだ。鼎談の形にしましょう。とは言っても御瑠川はほとんど発言しないでしょうけどね。それは彼女も目的に合致しない」

 テイダン? その言葉がまず朋代を煙に巻いた。さらに天奈の目的……一体それは何なのか。それと発言しないことがどう関係してるのか。

 朋代が悩む内に、天奈が本当に立ち上がって自分が座っていた椅子の位置をずらし始めた。こうなると朋代も立ち上がるしか無い。そして主を失った朋代が座っていた椅子を、青田が移動させる。

 テーブルを中心に逆時計回りに移動させた形だ。残りの一脚を青田が移動させ、何処が上座なのかわからない状況が形成される。

 そして青田は最後に自分が移動させた椅子に腰を下ろした。

「さて、あとはコーヒーを待つだけ。軽食なりのご注文はご随意に。ただまぁ……液体にしておいた方が無難でしょう」

「あ、あの……」

 動かされた椅子に腰を下ろした朋代が何か言おうとしたが、そのとっかかりがまず無い。ただ思わせぶりな言葉だけで翻弄されている。

 青田もまた、そんな朋代にも、コーヒーの到着にも構うつもりも無いようだ。

 べらべらと話し始める。

「最初は――そうですね。まずはここから。ややこしくなるので“朋代さん”と名前で呼ぶことを許していただきたい。そして今回の仕儀はその朋代さんのご両親から託されてのことです」

「え? そんな話……」

「ご存じないのは当たり前の話です。そういう風に調整していたのですから。ですが朋代さんはそれでは納得出来ないご様子」

「当たり前です!」

 それだけは間違えようも無い自分の感情だ。今までの迷いを振りきるように、朋代は力強く断言した。

 青田は爛々と光る目で、そんな朋代を見つめる。

「な、なんですか?」

「なるほど。それなら知った方が良いだろう、と俺が納得出来たというだけです。さすがにご両親はよくおわかりだ」

「え……」

「元に戻ってから、とも考えておりましたが、これは順番の問題だけだったのかも知れません。ですが、知りたいと望んだのは貴女です、朋代さん。まずこれを強く認識して下さい」

「そ、そうです。私が知りたいと思ったんです。一体何が起きたのか……亜耶子ちゃんも姉さんも……何が原因――そうだわ。亜耶子ちゃんが?」

「その辺りから始めましょうか。丁度コーヒーも来たようですし」

 気付けば確かにコーヒーの芳しい香りが、朋代の鼻腔に届いていた。

 自動的に会合は小休止となり、テーブルの上にカップが三つ並べられるのを眺める三人。その視線を受けながらウェイターは中央に、角砂糖、フレッシュなどを置いてゆく。

 だが、砂糖、フレッシュなどを必要としたのは朋代だけだった。

 天奈は気配ごと消したようで、青田は噛むようにして一気に半分ほど喉に流し込んでしまう。

 朋代は焦れながら、コーヒーに砂糖とミルクを足してゆく。もう、そのチャンスがない事を、薄々感じていたのだろう。

「では――順番に始めましょう。とは言っても、御瑠川は最初から関わっていたわけでは無い。俺なんかもっと後だ。ですから、やはり始まりはこの店だろうと考えたわけです。この点については朋代さんもご賛同いただけるかと」

「え、ええ」

 その言葉を受け入れるしかない朋代だ。亜耶子に天奈を紹介したのが朋代である事は間違い無い事実。そして天奈と亜耶子が初めて会ったのがこの店なのである。

「そこで御瑠川は、この店で用心のために先程見せたような舞台装置を駆使して、尋問を開始しました。それは偏に効率化を目論んでのことです」

「こ、効率化?」

「あの年代の少年少女となると、話の焦点がずれることが多い。御瑠川はそれを嫌がったわけですね。だからまず、最終的に悩んでいることは何か? 問題と感じていることは何か? それを先に示せ、とやったわけです」

 青田はそこで肩をすくめた。

「無論、優しくですよ。その点はなかなか上手くやったようです。それに対して、そちらの姪御さんはこう言ったのです。――『自分は自分に呪われている』と」

 朋代は目を見開いた。

 言葉の意味はわかる。しかし、それを具体的に想像出来ない。

 一体、どういう状態であったのか――亜耶子は何を悩んでいたのか。

「もちろん、この言葉だけでわかろうはずが無い。御瑠川は尋問を続けました。周囲の情報が揃えば見えてくるものがあるかも知れない。終着点は設定済みですからね。それでもかなり迷走しますが……その過程もお知りになりたい?」

「……は、はい」

 迷いながらも、朋代は全て聞くことを選択した。

 そうすることが必要な事だと感じたのだ。

「では……尋問は、このように推移したようです」

 青田もそれを受けて、適当に編集しながらも亜耶子の言葉を朋代に伝えた。

 しかしそれは青田の意志の元に編集されただけのことはあり、朋代はどうしても悟らざるを得なかった。

 亜耶子がどんな理由で引っ越してきたのか? まずはこの部分がおかしい。

 つまり――「嘘」がある。

「ひょ、ひょっとして……」

「ええ。姪御さんはイジメ、それも首謀者として、野倉のくら美咲みさきという、かつてのクラスメイトをイジメ抜いていたんです」

 朋代が恐る恐る踏み出した手の上に、青田は悠々ととんでもない重さの荷物を載せてしまった。

「し、調べ……」

「ええ。伝手を辿れば簡単に」

 突然、天奈が発言した。ギョッとした表情で朋代は天奈を見遣るが、天奈は動じない。それ以上発言もしない。

 その代わりに青田が続ける。

「イジメに“やりすぎ”などという程度の単位を当て嵌めることは問題はあるかもしれませんが、まさに姪御さんは。前の地域では、イジメを見過ごしていた後ろめたさを誤魔化すための生贄として、姪御さんは蛇蝎のように嫌われております。ですが野倉美咲を自殺未遂まで追い詰めたのは明白。これでは言い訳のしようも無い。そして深草家は、母親のツテを頼ってこちらに越してきた……有り体に言えば“逃げ出した”」

「そ、そんな……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る