不穏当な二人(二)

 そして青田は表情を消したままで、亜耶子の訴えを聞き終える。

 この段階で、天奈は青田がほとんど掴んでしまっているだろうと確信していた。

 問題はそれが自分以上なのか――

「――このインタビューが行われた場所は?」

 青田が出し抜けに尋ねてきた。

 そしてそれは、果たして天奈にとって実にイヤな質問だ。だが、さすがと納得出来る部分もある。天奈は覚悟を決めて答えた。

「私の――とにかく融通が利く店」

「なるほど。相変わらず、舞台効果というものを考えたようだな。それは良いとしても中学生が一人で入ることが出来て……ああ、もしかしてあの店か。『カフェ・ピッツベルニナ』だったか」

 あそこも知られていたか、と天奈は諦めのため息を漏らす。

 そんな天奈の様子を斜めにいていた青田は、やはり斜めに尋ねてきた。

「君――この時周囲の様子を気にしていたか?」

「え?」

 その青田の問いかけは、完全に天奈の意表を突いていた。

 つまりそれは、この段階で青田の「理解」が天奈を上回っていること示している。

 まだほんの“さわり”だというのに。

 だが、その青田の質問からの逆算、さらにはそのあとの調査結果を組み合わせれば――

「――そんな事って?」

 天奈はすぐさま理解に辿り着いた。だが……

「偶然が重なりすぎな部分があるが、現象としてはあり得ない話ではない。呪いだなんだと、そういうものを持ち出すよりは、よっぽど」

 それでも青田の表情に感情は復活しない。

 この段階で“見えない女の子”絡みの謎解きの部分は終わったと言っても良いだろう。

 だが、天奈が青田に求めているのは謎解きでは無い。謎を解き終わった後の処置についてだ。それを天奈は求めている。

 それは謎解きよりも必要な事。

 だからこそ、天奈はそのあとの調査結果もつまびらかにした。青田はそれも黙って聞いていたが、やがてその表情に感情が浮き出してくる。

 その感情は、即ち――嫌悪。

「まさか俺に、この女子中学生を助けろとか言い出すんじゃ無いだろうな?」

 無慈悲に思える青田の確認に、天奈は首を振った。

「それを私がやりたかったのよね。まさかあなたも倫理観なんか持ち出したりはしないでしょう? ――でも手遅れ」

「手遅れ?」

 今度は青田が意表を突かれたらしい。それに天奈は淡々と答える。

「もうクラスが戦争状態みたい。本当に呪いに自分でやられた感じね。で、介入しようにも厄介な学校だから」

「ははぁ。それだと……失敗以上に、マイナスになるな」

 そこで天奈が自分を探していた理由を悟った青田。そのまま目を爛々と光らせて、天奈を覗き込む。

「で、助けろと? 俺が“先輩”を?」

「……こういう時だけ年下アピールはやめてよ」

「はて? 俺は十分敬意をもって接してきたはずだが」

 これ以上、こんなやり取りをしても不毛である事は間違いない。天奈は肩を落として、仕切り直した。

「……それで? 何か手はある?」

「思いつかないわけではないが……まず、深草亜耶子。この子には完全に潰れて貰う」

「仕方ないわね。というより、そのやり方は思いつくの。問題はそのあと」

「そこが大事な部分だろうに……ははぁ、俺を盾にしたいんだな」

 青田はニヤリと笑った。

「というよりも陣の構築ね。何て言うんだっけ? 八門なんとか……」

「要するに、ハッタリだけで出来た言葉を積み上げろと。確かにそれは、俺の専門ではある。――だが、報酬は?」

 青田にものを頼むということは、つまりこういう事だ。

 別に青田は謎解きが好きなわけではない。無償の奉仕もしない。

 必ず見返りを求める。

 だが要求するのは、金銭では無い。欲しがるのは伝手と評判だ。

 「軍師」志望者であるところの青田は、こうやって名前を売って、伝手を手に入れる。

 これは決して絵空事では無く、現時点でも青田のために手を貸そうという人は数多くいるのだ。そういった人物の中には団体の代表――例えば企業グループの代表――も含まれている。

 この青田を動かすとなると、実に厄介だ。

 青田と親しくしている志藤という男を仲介させる手もあるが、今回はその手は使えない。

 どう転んでも悪辣な手段になるからだ。

 だが天奈は品行方正なわけではないし、青田もそういった要素を天奈に求めているわけでは無いだろう。

 むしろ――

「実はね、その子に私の名刺を渡してあるの。彼女の母親に渡るように」

「それで?」

「深草美和子って言ってね。旧姓は角谷」

「ほう」

 青田の目が爛々と光る。

「もう俺を巻き込んでいるというわけだ」

「恋人のために頑張ったのよ」

 青田の眼光を浴びながら、いけしゃあしゃあと天奈はそう返す。その口元に浮かぶ笑みは不遜をかたどっていた。

 しかし天奈は知っている。ただ助けを求めるだけでは、青田は動かない。

 特に青田と並び立とうとしている天奈としては、ここで悪巧みの一つでも披露しておかなくては、その内に捨てられてしまうだろう。

 だが今回は天奈の理解が正しかったようだ。青田の機嫌は傍から見てもわかる程に良くなっている。

「その戯れ言はともかくとして、それなら確かに俺にも益がある。俺はプラスにしかならないが、君はマイナスだろう?」

「今回は私のミス。それは受け止めるつもりよ」

「殊勝なことだが、それは『奇貨置くべし』を気取るのを止めるということか?」

「少なくとも、すぐに同じ事をしたいとは思わないわね。こういう状況に簡単にめぐり逢えるとも思えないけど……ああ、そうね。今回の事態を考えると心構えだけはしておくわ。私はもう扱わない」

「そうだな。俺も手を出せない――これは民主主義の問題になるだろうし」

 天奈は目をしばたたかせた。

 さすがに青田の言葉が繋がらなかったのだ。

 深草亜耶子の破滅と民主主義がどう関わっているというのか。

 やはり、この男は「奇矯」。そうとしか言い様が無い。

 ぼさぼさの前髪の向こうの爛々と光る眼差し。

 天奈はわかる。

 今、青田は歓喜に震えている。そして紡がれる言葉は――


「――よろしい。策を授けよう」

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