櫛(二)
「呪いというか、おまじない、呪術、それに魔術のような物において“似ている”ということはとても重要な意味を持つの。
今回はそれを利用することにしたわ。」
なるほど、と思いながら亜耶子は二枚目に移った。
「それにその櫛。少し調べただけで、その背景に「身代わり」ような要素が含まれていることがわかったの。これは偶然かしら? いいえ、きっとそうではない。」
身代わり……そこにまったく信憑性がない事は知っている亜耶子であったが、天奈の計略とは関係無いだろう。
そのまま続きを読み進める。
「そもそもの呪いの形はわからないけど、そういった要素を使った物では無いかと推測されるわ。
そこで、それを逆転させる方法を提案するわ。
一般的には「逆討ち」と言われる手法ね。」
逆討ち……確かに亜耶子も聞いたことがある手法だ。だがそれは「呪い」を、呪いを放った相手に返すというやり方だったはず。
だがそれは自分に呪われると考えている亜耶子にとっては、対処法にはならないはず。
亜耶子は、震える手を抑え込んで三枚目へと移った。
「ただ、これをそのままやるわけにはいかない。
呪いが何処に返るのかがハッキリしないからね。
その辺りを、亜耶子さんの考え方と合わせて、上手い方法はないかと尋ねてみたの。」
天奈はさすがに、亜耶子の危惧までをも読み切っていた。
そのまま読み進める。
「そうしたら、やっぱり“似ている”という方法が使えるという話よ。
呪いを“見えない女の子”に返す。
その方法は、亜耶子さんを見えない女の子に似た状態にすると言うこと。」
亜耶子の喉が鳴った。
もう読み進めるまでも無いだろう。
天奈が考えている方法とは……亜耶子は便箋をめくった。最後の一枚だ。
「亜耶子さん。
その櫛を挿して学校に行って。そしてクラスメイトに“似ている”と認識させるの。
あとはその櫛が「身代わり」になってくれるわ。」
その方法は亜耶子の予想通りであり、それだけに説得力があった。
「それで、その櫛が入っていた袋に入れて。
内側に、そういう言葉が記されているから。
それで終わり。」
今度は恐れることなく、亜耶子は包みから丸い形の櫛を引っ張り出した。そして内側に梵字のような物が記されているのを確認する。
確かに手法として確立されている事を、亜耶子は感じた。
これなら大丈夫そうだ。
だが、天奈の文字はそこで終わりでは無かった。
ちゃんと書かれた物では無い。縦書きの末尾に、横書きで乱暴に何かが記されていた。今までの事務的な筆跡よりもよほど息づかいを感じさせる筆跡。
そして書かれている言葉は一言だけ。
「壊しちゃダメ」
そんな当たり前の事を。
何かに急かされたように。
これもまた考えるまでのことはないだろう。
“身代わり”としての役目を果たそうそとしている櫛を壊してはいけない――そういうことなのだろう。
それを改めて天奈が書き殴るように伝えてくる理由。
もしかしたら、危険なやり方なのかも知れない。
何しろ自分自身を「呪い」と一体化させるやり方なのだから。
元々、似ている“見えない女の子”と亜耶子を重ね合わせるのだ。確かに説得力はあるが、あまりにも説得力がありすぎるのではないか?
天奈は最後にその危険性に気付いたものの、他に良い方法を思いつけなかった。
あるいは今の2-Cの状態を把握して、急いでくれたのかも知れない。
そして亜耶子も今更尻込みするつもりは無かった。
亜耶子は想像したのだ。
この櫛を挿すことで、やつらが恐れる女の子そのものになることを。
それは……それはどんなに胸のすく光景だろう。想像するだけで昂ぶってゆく。
その興奮を抑えて、亜耶子は丸い櫛を挿してみた。
そしてドレッサーを開いて、自らの姿を確認する。
久しぶりに見る自分の顔。間違いなく興奮していた。瞳は輝き頬は上気している。それに何より、笑顔に自信がある。
そして後ろを向いて、櫛を挿した自分の後ろ姿を確認。
思ったよりも似合っていた。――いや、これは本当に自分なのか?
そんな疑問が湧き上がってくるが、亜耶子はその疑問を歓迎した。
「呪い」と似ている。
それが肝心な事だからだ。
いやそれよりも、さんざん馬鹿みたいな真似をした奴等がどんな顔をするのか。楽しみで仕方が無い。
呪いと同一視されても……それはそれで本望では無いのだるうか?
そして亜耶子は、もう「判断」はしなかった。
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