点在(三)
『それにね……私が言ってはいけないのかも知れないけど、礼拝堂は話を聞くのに最適な場所かも知れないと思って。だって、霊……かどうかはわからないけど、呪いについては守ってくれるんじゃないかしら』
「あ、それは……」
天奈の言葉には否定できない説得力があった。実際に、恐怖を感じてる亜耶子にとっては、礼拝堂こそが最適だと思えてくる。クラブ見学は確かにアイデアとしては悪くない。だが、不確定要素が大きい事も確かだ。芦切ひながクラブに所属していなかった場合、それで話が振り出しに戻ってしまう。
だが礼拝堂なら、存在していることも確かだし――転校するにあたって施設を一通り説明して貰っている――人通りが少ない場所であることも確かだ。
『でも……思い付きでしか無いのよね。琉架さんにお願いして、色々やって貰った方が良いかも知れないわ』
しかし亜耶子が礼拝堂という提案に従うしか無いと覚悟を決めた瞬間、天奈自身がその提案に疑問を挟み込んだ。その上、琉架に頼めという。
「琉架に……ですか?」
『ああ、確かに頼りない感じはあるけれど、それは亜耶子さんがフォローしてあげれば済むことよ』
亜耶子の表情を、天奈は即座に読み取ったらしい。そして天奈自身は表情を隠すように微笑みを浮かべた。
『クラブ見学の可能性。それに礼拝堂は使えるのかどうか。その辺りを確認して貰うの。だから明日に行うのは多分無理ね。亜耶子さん、一日待てる?』
「え、ええ、今だって別に追い込まれたわけではないので」
振り返って考えても本当に心理的な問題しか無いのだ。誰も締め切りを設定したわけではないのだから。
焦っていることを認めてしまえば、それは即ち恐怖に負けた、と宣言することになる。だからこそ亜耶子はわざわざ宣言して、天奈に余裕のあるところを見せた。
『そうね。亜耶子さんがしっかりしてるから、私も助かるわ。ただ……そうね、琉架さんについてはしっかり気を配った方が良いかも』
「琉架に……ですか?」
『そう。確かに今は仲良くして貰っているかも知れないけど、琉架さんは元々2-Cにいたんだから』
その不安要素については亜耶子も気付いていた。だが、琉架は自分に協力してくれるだろうと、亜耶子はその可能性から目を逸らしていたのだ。
『そんなに難しい事じゃ無いと思うわ。こまめに連絡する。礼を言う。そして、お願いしたことがいつまでに可能なのかを確認する――何だか、社会に出たら当たり前のことなんだけどね。亜耶子さんは今、そういう局面にいると思うの』
「……はい。わかるとおもいます」
つまりは自分は「大人」になる必要があって、天奈はそれが亜耶子には可能だと思ってくれているということだ。その事実に亜耶子は昂ぶる。
『大丈夫、亜耶子さん?』
だからそんな天奈の付け足しは余分なことで。自分を励ましているのだと亜耶子はそう解釈することにした。
「大丈夫です。これから琉架にメッセージ送って、明日は慌てずに計画を立ててみます。情報収集も。何だかわたし、そういう事が好きみたいで」
そういう事をしている間は、にじり寄ってくる怖さを無視することが出来るから――そんな理由も同時に亜耶子の中で形を成したが、もちろん亜耶子はそれを口にすることはなかった。
『それは頼もしいわ。でも……ああ、気をつけかたがわからないわよね。とにかく慎重にね』
「はい。御瑠川さんも」
『私はそういうの慣れてるから。ただどうしても時間がね。――お互いに気をつけましょう』
互いの連絡、そして方針を立てることも終わった。これ以上は話し続ける理由が無い。亜耶子も頷くしかなかった。お互いに別れの挨拶を済ませ、ディスプレイが通常画面に切り替わる。
すぐに亜耶子はディスプレイを伏せた。このままでは消灯と同時に自分の顔を見てしまうから。この後、琉架にメッセージを送るとしても……
亜耶子は立ち上がって、キッチンへと向かう。
せめてこの家に感じる違和感を無くすために、自分でインスタントコーヒーを淹れてみよう。そんな決意が出来たこともまた天奈の――いや、これが大人の自覚なのだ。
そう思い込むことで、亜耶子は自分を勇気づけた。
琉架とのメッセージ交換で、翌日の芦切ひなからの情報収集については見送られることになった。琉架としても無理のあるスケジュールと感じていたのか、このスケジュール変更については亜耶子が考えていた以上に積極的に賛成のメッセージが帰ってきた。
亜耶子は天奈の慧眼を改めて感じながら、その忠告を思い出して、まず礼を送ってみる。続けて、実際にひなから話を聞く場所は何処にするのかと尋ねてみると、琉架は放課後に教室に残れば良いと単純に考えていた事が判明した。
今の教室は亜耶子にとって敵地も同然だし、それで周囲に他のクラスメイトがいる状態では、丁寧に話し聞き出すことはどうにも想像しにくい。それになにより、教室には“見えない女の子”が出現する可能性があるのだ。
――どうしてその辺りが琉架にはわからないのか?
亜耶子は琉架の呑気さに苛ついたが、逆にそれを琉架の弱みにして、琉架に段取りを組み立てるようにお願いした。とにかく教室ではダメ。そこでまず、クラブの部室は使えないか探りを入れてみる。
これは盛大に空振りした。琉架はもちろん、ひなも何かしらのクラブに入っているということはないらしい。これでは部室を使うアテがあるはずもない。そうとなると天奈のアイデアに頼るしかなるわけだが、これについては琉架もまた虚を突かれたようで、既読が付いてからしばらくの間、メッセージが帰ってこなかった。
いっそ電話をかけようかとも思ったが、琉架の家は厳しいらしくて、直接の電話は最初から無視されることが確定している。
仕方なく亜耶子は苛々しながら待ち続け、やがて琉架から、
――それなら何とかなると思う。でも、明日は無理。
とのメッセージが返ってきた。だがこれは予測の範疇であったので、亜耶子は一端冷静になることができた。そして改めて、天奈の言葉を思い出して、それなら何日後ぐらいになりそうなのか? と尋ねてみると、
――明後日なら、多分。
と返ってきた。それなら何も問題は無い。亜耶子はそう判断して、明日は美和子に説明するための下準備をした方が良いと考えた。礼拝堂に行くことが自然なように。そういった話をクラスメイトに誘われた、とか。
この辺りのアリバイについては琉架が受け持ってくれるだろう。美和子が確認したいとなれば、琉架に電話に出て貰えば良い。親同士の連絡については、当たり前だが制限はないわけだし、これなら見通しは明るい。
やはり、一日空ける事が亜耶子には最善に思えた。
そこで琉架にはもう一度お礼のメッセージを送り、翌日にはピリピリした雰囲気を維持している2-Cで短く琉架と打ち合わせをした。
難関に思われた美和子については、あっさりと許可が出た。もちろんアリバイの確認もない。自分に興味が無いのか? と、亜耶子は憤りかけたが、順調であることは確かなのだ。
そして、水曜日の放課後――亜耶子、琉架。そして芦切ひなの三人は連れだって礼拝堂に向かうことになったわけである。
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