見えない女の子(二)
「……見えるの? 新堂さん。江波さん」
亜耶子の問い掛けに、ギョッとした表情を浮かべる二人。
「わたしのすぐ後ろにいるの?」
「い、いや……」
「今はいないわ。誰にも見えないわ」
濁す圭子と違って、珠恵はハッキリと否定した。その答えに亜耶子は満足そうに頷く。
「いないとハッキリわかるって事は、いるときはハッキリと見えているってことよね? 江波さんは、琉架よりは見えるみたい」
理屈で言えばそう言うことになるだろう。だからこそ珠恵も咄嗟には返せない。そんな様子を見て亜耶子は笑みを浮かべた。
「聞いていたならわかると思うけど、この際ちゃんと見える人に詳しく話を聞きたいと思って。琉架はよく見えないそうだし。江波さん、あなたはどうなの?」
「珠恵はそんなんじゃない!」
いきなり圭子が声を上げた。それに亜耶子は少し驚いたような表情を浮かべたが、それで二人のそばから逃げ出す様なことは無かった。その場に踏みとどまり、二人を見下ろし続けている。
この時になれば、当然クラス中が緊張していた。その時登校してきた全員が、亜耶子たちのやり取りを注目している。
それは確かに、随分積極的になった亜耶子に驚いたことも原因ではあるのだろう。だが、こういったときでも雑音になるのが“見えない女の子”だ。
本当にこの場にいないのか? 実は出現しているが、見えない子ばかりなのか。そして出現していたとして、亜耶子とそっくりな女の子は、この亜耶子の申し出をどう見ているのか。
ハッキリしないからこその恐怖がある。
そう考えると、亜耶子の考え方は必然であり、必須でもあるのだが……何か、おかしな事をしているという雰囲気があった。
「そんなの、って言うのはどういうことかしら?」
挑発的。一言でまとめるならそう言う雰囲気になるのだろうが、それで亜耶子にどんな益があるのかわからないのだ。だからこそ、周囲も固唾をのんでこのやり取りを見守っている。
その周囲の目を意識したせいだろう。圭子は亜耶子に向き直ると、貧乏揺すりを始めた。
「そんなのはそんなのよ。要するに霊感があるとかそういう話でしょ? 珠恵はそういうのじゃないあら」
「それじゃ話がおかしいわ」
「おかしいのはあんたにそっくりな、あの子の方だろ? そっくりなだけあって、あんたもおかしいんじゃないのか?」
教室中が息をのんだ。今までは“何となく”で済ませてきた、教室に出現する女の子。それが亜耶子とそっくりだという現象。それを圭子は今、ハッキリと口にしたのだ。
「そう……そんなに似てるんだ」
さすがに亜耶子も、その指摘には怯んだようだ。これであやふやだった部分が確定したのだから。
おそらく違いは――櫛だ。だが亜耶子はそれを聞きただすまでには思い切れないでいた。それほどに、あの櫛は亜耶子にとってあっさりと口に出せるものではないのだから。
「似てるわ。そっくりね」
そんな亜耶子のこだわりを圭子が知るはずもない。今まで押され気味だったことも手伝って、圭子も挑発的に言葉を投げつけた。
重ねてそう証言されたことで、今度は亜耶子の動きが止まる。だが亜耶子は虚勢だと自覚しながらも、話し続る。
「……なら、わたしもちゃんと動かないとね」
それは亜耶子が自分自身に踏ん切りをつけるための宣言でもあった。確かに必要な宣言ではあったが、それだけに教室に与える影響も大きかった。先程の圭子の証言よりも、強い衝撃が教室を襲う。まるで波紋のように。
息をのむ気配。そして短く悲鳴までが上がった。
「どうしたの? 出たの?」
亜耶子はもう動揺しなかった。逆に挑発するように周囲を見回す。そして、黙り込んでしまった珠恵に詰め寄った。
「――わたしは出たのかどうかを、訊いてるんだけど?」
「い、いないわ。わたしが見る限り……」
完全に圧倒された珠恵が、しどろもどろになって答える。その様子を見て、亜耶子は唇を横に引いて、薄く笑った。
「じゃあ、あなた以上がいるのね……」
「それは……」
「前に授業中に声を上げた子かしら?」
そこまで亜耶子が一気にまくし立てると、珠恵は完全に黙り込んでしまった。
「深草さん、ちょっと待って貰えるかしら」
窓際の席から声が上がった。小柄ではあったが、声に圧がある。亜耶子も当然、その声には覚えがあった。彼女――
亜耶子は何かしらの運動部だと思っていたが、詳しいところはわからない。今まで、クラスメイトとはほとんど会話をしたことが無いからだ。
ただ、今までの「観察」を思い出してみると、黎子も確実に女の子を見ていることは間違いない。亜耶子はそう確信した。
黎子が変な風に避けたり、椅子を引いたりしていた様子を亜耶子は覚えていたからだ。
「待つ? それじゃ、あなたが一番強く見えるって事で良いの?」
「そうじゃなくて、今までそんな事比べたことが無いから、わからないの――だって……怖いから」
今までの相手に比べると、随分しっかりしている。亜耶子はそういった黎子についてそういう感触だったが、それも話す内にどんどん頼りなくなっていく。
だが、ずっとこれを繰り返すわけにはいかない。
「それじゃ、やっぱり声を上げた子で良いんじゃないかしら? わたしは誰かはわからないんだけど。教卓の前辺りよね?」
「ああ、それは芦切さん……」
黎子もまた勢いを減じて、ボソボソと亜耶子に答える。だが確認するまでも無く、悲鳴を上げた子――
亜耶子は見せつけるようにため息をついた。
「それじゃ、今まで誰も調べようとしなかったの? こんなにおかしな事が起こっているらしいのに。一学期……中間テストの辺りで、出現してたんじゃないのかしら?」
その亜耶子の問いかけこそが、この朝に起こった最大の衝撃を教室にもたらすことになった。
悲鳴も何も無い。ただ肌でわかるのだ。空気が軋んだことが。それにつれて視界さえも濁ってしまった感触。
涼しくなって来た秋の気配が、ただただ冷たさを感じさせるだけの、無慈悲な響きをもたらしている。それは司法官の役割があったとされる「秋官」の名称に相応しいものであったのかも知れない。
冷気を感じながらも、同時に汗が噴き出てくるのを亜耶子は感じた。「冷や汗」という言葉では到底足りないのだ。
当たり前に気持ちが良いものでは無い。そんな教室の雰囲気だけで、今度は亜耶子が追い詰められたいた。
だが、これでは元の木阿弥だ。亜耶子は拳を握って、誰か……いや教室に向けて、言い放った。
「何? 図星なの? そんな時からよくわからない女の子が見えて、それとそっくりなわたしが転校してきて……」
「あ、亜耶子ちゃん!」
今まで黙り込んでいた琉架が声を上げた。
亜耶子が圭子と珠恵に話を聞きに行っている間に、他のクラスメイトのグループに合流していたらしい。
窓際の後ろの方から必死になって、声を出していた。
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