「カフェ・ピッツベルニナ」(八)
「これは直接、亜耶子さんに言うべき事じゃ無いのかも知れない。でも、今の亜耶子さんを見ていたら、そんな事も言ってられない。あのね、呪いを前提として考えるなら、それは当然、他者から呪われている、と考えるべきだと思う」
それは即ち、亜耶子が恨まれていると言うことだ。確かにそれを中学生相手には、天奈としてもなかなか言いづらかったことは仕方の無いところだろう。
だが今の亜耶子はそれを見過ごしてはいられない状態であることも確かだ。だからこそ天奈は容赦なく続けた。
「どこでどう恨みを買っているのかわからないものなの。世の中はね。だから、原因を考えるのではなくて、この事態にどう立ち向かうべきかを考えるべきよ。それにね、亜耶子さん」
「は、はい」
「さっき自分でも言っていた順番の問題。それって他者から呪いを受けたと考えても、成立すると思うの。仕組みはわからないけれど、そう考えた方がずっと自然」
「あ、で、でも……」
「もちろんこれで終わりでは無いわ。少し時間を貰える。私の方で調べてみるわ。ここで話していても、多分ここが限界。それにね」
天奈の視線が、亜耶子からそれた。その視線に釣られるように亜耶子の視線が同じ方向を見てみると、ウィンドウの外は今にも夜に染め上げられようとしていた。ビルの隙間から僅かに見えるのは、灼熱を思わせるほどの緋色。
「――“秋の日はつるべ落とし”とはよく言ったものね。こんなに簡単に暗くなってしまうなんて。亜耶子さんはもう帰らないとね」
視線をそらしたままで天奈はそう告げた。それはここから先の言葉を拒否しているようで、亜耶子もそれ以上は言葉を紡ぐことは出来ない。
しかし問題の説明は終わっていたし、自分の考えも伝えることが出来た。そう考えて、亜耶子は言葉を胸の中にしまい込むことにした。
「自分に呪われる」という考え方に同意して貰えなかったのは残念だったが、逆に言えばそれで天奈が動いてくれるなら、それはむしろ歓迎すべき事態であることは間違いない。
この「問題」――呪いが何とかなるのなら、自分で自分を呪う、という分は全て無くなってしまうもだから。
「さて、行きましょうか。ぼやぼやしてたら真夜中になってしまうわ」
「は、はい」
天奈が立ち上がった。亜耶子もそれに続く。
天奈に流れていたのはドビュッシーの「アラベスク」。軽妙な旋律が、幾分かは亜耶子の心を軽くしていた。だが、それは「アラベスク」だけのせいでは無いだろう。
御瑠川天奈。
彼女に話を聞いて貰えたことに、亜耶子の心は確かに昂ぶっていたのだから。
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