推し活のススメ

譚織 蚕

第1話

「おはよう。もう朝だよ。起きてー」


 朝、スマホのアラームがなって起きる。

 私はこの目覚める直前の時間が大好きだ。

 寝ぼけた私と、私の王子様が夢と現実の狭間で会えるから。

 ……なーんて夢女子思考しちゃってるけど、とにかく私は今朝も推しの《ミルク君》のアラームで目が覚めた。


「おはようミルク君。私今日も頑張る!」


 スマホの画面に映る彼の1枚絵に朝の決意を聞かせて、私はベッドを出た。


 今日は高校の入学式。

 ミルク君みたいなカッコイイ男の子に出会えるかな……なんてドキドキするけど、私は馬鹿だ。

 成績至上主義の親に流され、近隣で1番偏差値が高い女子校に通うことになってしまったのである。これじゃあ出会いは期待できない。


 ミルク君によって最高の目覚めを迎えた朝だけど……

 暗いことを思い返してどんよりしつつ、午後に行われる入学式に備えて私は朝ごはんの準備を始めた。


「あちっ! ぼーっとし過ぎた……」


「はぁ、どんな時に見ても癒されるぅ……」


 親が着付けに行っているため、今朝は私1人。調理を終えた私は、テーブルにスマホを設置!

 何時もは禁止されているご飯中のスマホ、禁断の味がします。


 ミルク君の動画のアーカイブを見ながら、出来上がったフレンチトーストを食べる。


「カッコイイなぁ、やべぇ鼻血で入学式欠席しちゃうよぉぉぉ!!」


 と、その時。


「あれっ! こんな時間に投稿とか珍しい!」


 ミルク君の投稿は、普段はだいたい夜10時。配信をして、そのままアーカイブという形が多い。

 だからこんな風に動画を投稿するのは珍しい。


 だから私は安易に通知をタップした。

 タイトルを見ずに。


「やっほー。ミルクだよ!」


「ミルグぐーん! カッコイイよぉぉぉ!」


 動画が始まる。写っているのは立ち絵だけだけど、声はイケボだし顔はもうご尊顔だしまじイケメン!!!!顔が良き!!!!(語彙力低下)


「今日はみんなにお話したいことがあるんだー」


「ななな、なーにー!?」


 アニメ化!?!?!? 新グッズ!?!?!

 それともまさか……

 法律で神として祀られることが決定した、とか!?


 ミルク君神社の神主になりたい人生でした。うほっ!最悪お守りの素材の皮とかでも……

 ハスハス


「それはねー」


「勿体ぶるなミルク! 神になるんだろうミルク!!!!!」


 荒ぶる。私荒ぶる。


 早合点した私は画面を食い入るように見つめた。

 フレンチトーストが冷めていく気がするけど 、そんなの気にしない。


 ミルク君の口がちょっとずつ開いていって……


 遂に言葉が紡がれた。


 気がした。


「……ハッ!? え、私今までなにを??」


 急に目が覚める。

 ぼーっとする頭で辺りを見回せば、机の上には冷めて固まったフレンチトーストが鎮座。


 ……確かさっきまで私はミルク君が神になるという喜ばしき日を迎えていたはず。突然になにが?


 スマホの充電は切れており、中々な時間が経っている気がする。


 時計を見れば……


 ヤバいっ!!! 入学式まであと40分。

 もうすぐ親が帰って……来た。


「ただいまー」

「おがっ、おかえり!!」


 そのままスマホを充電しつつ、フレンチトーストの件を怒られ。


 時間は経って入学式前。初めての登校。

 教室に辿り着き、ギリギリまで充電していたスマホの電源をつける。

 中学では使用禁止だったから、なんだかドキドキ。


「あっ、ブルー鳥見とこう」


 ミルク君の動画の続きを見ようと思ってたんだけど、一旦中断。

 先にみんなの反応を見ておこうと、私はSNSを開いた。

 そして再び死んだ。


「!!!!!!!!????????」


 私の声にならない叫びが教室中に響き渡る。


 幸か不幸か今度はギリギリ気絶しなかった。

 SNSのフォロワーさん越しでフィルターがかかっていたから。


「……神は死んだ」


 そこに書かれていたのは、ミルク君引退の文字。

 始めは信じられなかった。

 でも、全員が阿鼻叫喚してて。


 入学式の日、私の推しは実質的に死んだ。

 中学生だった私はまだ、ライブも行けてないしグッズも買えていないのに。


「おはよう、よろしく!」


 だから隣に座ったコの言葉も無視してしまった。

 どこかで聞いた声だったんだけど、幼稚園が一緒だったかな?


 分からないけど申し訳ないことをした。

 でも今は……


「ねぇねぇなんでそんな悲しそうなの?」


「ごめんね今はちょっと話しかけないで欲しいの……」


「どうして?」


「推しが死んだの! オタクでごめんね!」


「そっか。それは大変、だったね」


「分かってくれる!?」


「うん、僕っと…… 私も、今日大事な物を無くしたから」


 えっ、僕っ子なのかな。でも今の僕は、確かにさっき聞いた声で……


「私の名前は鈴谷みるく。あなたは?」


 私は弁当の1番美味しい具を必ず毎日、声が低めの隣の美少女に貢ごうと決めた。

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推し活のススメ 譚織 蚕 @nununukitaroo

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