私の推しの双子ちゃん

綾乃姫音真

私の推しの双子ちゃん

『『~~こんな私たちを支えてくれるあなたが大好きだから♪』』


 綺麗にハモったふたりの歌声が私の、脳を、心を刺激してくる。


「いいわぁ」


 地元の双子女子高生アイドル。響音ひびね姉妹のさきさなちゃん。

 私は音楽プレーヤーの停止ボタンを押してヘッドホンを外すと、ベッドにうつ伏せのまま、さきさなちゃんの写真集を手に取り眺める。


「お邪魔しまーす」「こんにちは」


 ドアをノックすることなく開けて私の部屋に入って来たのは幼馴染の双子姉妹だった。産まれた病院も同じで、幼稚園から高校の今もずっと同じクラスという生粋の幼馴染。休日のだらけきった部屋着を見られることに何の抵抗もないくらいには親しい関係と言える。というか向こうよりはマシだもんね……姉妹揃って中学時代のジャージだよ? これがある程度暖かくなってくると、半袖ハーフパンツになるからね、このふたり。いくら隣の幼馴染の家とはいえ、もうちょっとさぁ……。


志帆美しほみちゃん何見てるの?」


 そう聞いてきた姉の沙希さきちゃんに視線を向ける。私より十センチ高い身長と、私達の中で一番大きい胸はジャージの上からでもはっきりと膨らみが見て取れる。肩で切りそろえた髪がサラサラとエアコンの風に揺れていた。


「さきさなちゃんの写真集」


 私の答えにニコニコ顔だった沙希ちゃんの表情が引きつった。


「志帆美、それは没収」


 妹の沙奈さなちゃんが横から手を伸ばしてくるのを避けながら目を向ける。私より九センチ高い身長に背中で纏めたお姉ちゃんより長い髪。双子で大きく差がついた胸部は大分控えめで本人もすごく気にしてる。代わりにお尻は沙奈ちゃんの方が大きいから後ろ姿は姉妹で逆の印象になる。そのため同じ服装で並ぶと違いがよく分かる。サイズが小さい中学時代のジャージ。胸元が窮屈そうな姉と、まだ余裕そうな妹。逆にお尻がピチピチの妹と、布の余る姉。このふたりが合体したらものすごくスタイルが良いと思う。まぁ、今も地元とはいえアイドルにスカウトされるレベルで良いけど。


「いだっ」


 考えていた事がバレたのか沙奈ちゃんに頭を叩かれた。沙希ちゃんも隣で私の視線を感じてか胸を隠してるけどさ……ならサイズの小さい服を着るなよと私は言いたい。


「志帆美の変態」


「志帆美ちゃんの中にはエロオヤジが住んでるから……」


「沙希ちゃんよくわかってるっ、だからおっぱい揉ませて」


「ダメに決まってるよね!?」


 とは言わない沙希ちゃん。


「……嬉しいくせに」


「嬉しくないから!」


 沙奈ちゃんの呟きに素早く反応した沙希ちゃんが反論する。ちなみに沙奈ちゃんもお尻を触るのはと言う。


「それで何か用があったんじゃないの?」


 まぁ、特に用が無くても休日はお互いの部屋に入り浸ってるけどね。


「あ、そうそう! 志帆美ちゃん、わたしに昨日の授業のノート写させて」


「あたしにも見せて」


「あー昨日休んでたもんね」


 納得。


「数学、そろそろ小テストやる時期でしょ?」


「数学の先生は毎月末に小テストするからね……でも、あれって成績に反映しないし、理由はクラス全体の理解度を把握したいかららしいよ?」


「テストで低い点数取るの悔しい」


「わたしも同じく」


 そう頷き合うふたり。この姉妹揃って負けず嫌いだからねぇ。私とゲームで対戦する時なんかも大体が長時間になる……これは私の負けず嫌いも原因か。


「もちろんお礼はするからね」


「沙希ちゃんのファンサを期待していいと?」


「志帆美、ファンサの意味がわからない」


「沙奈ちゃん、この曲聴いてもらえる?」


 そう言ってさっきまで使っていたヘッドホンを沙奈ちゃんに渡し、プレーヤーの再生ボタンを押す。


「……いい曲じゃない」


 沙奈ちゃん、頬が赤くなってますよー。沙希ちゃんも察して目を逸らしてるし。ふたりとも自信持って! って言いたいのをグッと我慢して別の意を声に乗せる。


「最推しの双子アイドルが歌ってるんだけどね、ふたりに声が似てるでしょ? だから『あなた』を『志帆美』で歌って欲しくて」


「「……」」


 姉妹揃ってジトーっとした視線を向けられる。うん、白々しいのはわかってるけど、「お願いだから今までと変わらず接して」ってデビュー時に言われたから約束を守ってるだけだよ? でも、ファンになるな! とも言われてないもんね。だから、私の幼馴染の沙希ちゃん沙奈ちゃん姉妹と。私の最推し、地元の双子女子高生アイドルのさきさなちゃんは別人なの! もっとも同性の幼馴染に自分の容姿や歌声を始め何でもかんでも好き勝手に感想を言われるとか羞恥以外のなにものでもないだろうけどね。沙希沙奈ちゃんは幼馴染として、親友として。さきさなちゃんは地元民として、アイドルとして好きなのは事実。結果、私が嫌がらせしてるみたいになってるけど。


「カラオケ、付き合うから」


 沙奈ちゃんが色々と言いたいことを飲み込んだような表情で提案してくれた。


「奢りでよろしく」


「志帆美ちゃんもバイトしてるよね? 金欠なの?」


 幼馴染には財布事情も丸わかりなので。お互いに。


「推しの双子ちゃんに貢いでるので」


 事実だ。商魂たくましい役場と観光協会が、それぞれグッズを作るから……種類がかなり豊富なんだよね。


「……志帆美、それツッコミ入れにくい」


 アイドルやってるのは当人の意志でも、グッズを作ってるのは他人だからねぇ……写真集なんかも最初はかなり抵抗していたし。引き換えにふたりが希望した自分たち作詞の曲にゴーサインが出て逃げられず引き受けたなんて事情もあったりする。中には本人たちも知らぬ間に作られてたグッズもあると愚痴られたことも。


「ごめん、今のは無しで……はいこれ」


 失言を誤魔化すように手を伸ばしベッド脇の通学鞄から数学のノートを取り出して沙希ちゃんに手渡す。


「志帆美ちゃんありがとう」「志帆美、ありがと」


 用が済んで帰るのかと思ったけど、ふたりは何故か私のことをじっと見ている。正確には手元の写真集を。


「どしたの?」


「志帆美的にその写真集ってどう?」


 沙奈ちゃんの言葉は感情を隠すような声色だった。


「どうとは?」


「わたしたちと同い年で双子アイドルやってる娘たちの写真集だから、同年代のファンとしてどういう感想持つのか気になるってことだと思うよ?」


 沙希ちゃんの補足に頷く沙奈ちゃん。その表情は照れくさそうに俯きがちになっていた。


「え、でもこの写真集の感想は言わないようにしてたんだけど」


 なんなら現物がふたりの目に入らないようにしてたし。今日はいきなり入ってきたから間に合わなかったけど。だからってふたりの目の前で片付けるのも変な空気になりそうだから困ってたんだよね。恐らく没収発言も本気だったはず。まさか触れてくるとは。


「それはわかってるんだけどさ」


「さきさなちゃん関連の感想を全部ぶつけてくる志帆美ちゃんがこれだけ感想言わないのって逆に不安になってくるというか……」


「あー逆の立場だったら私もそう感じると思う」


「でしょ? この際だから志帆美の感想を聞こうかなと」


 つまりこれは、さきさなちゃん愛をぶつける許可が出たってことだよね!? やったーっ!


「そういうことならどうぞ」


 内心歓喜しながらベッド上、私の身体の両側をポンポンと手のひらで示す。躊躇なくベッドに上がって私を挟むようにうつ伏せになり写真集を覗くような体勢になるふたり。シングルベッドの上に三人も乗るとかなり狭いし、肩が触れ合うどころか体温がしっかりと伝わってくるくらい密着する形となる。


「まずこれっ」


 言いながら目当てのページを開く。散々ページを繰り返し捲ってきた私には何ページのどこにどの写真が載っているのか把握出来ている。


「この制服で手を繋いで向かい合ってる写真だけどね、ほら恋人繋ぎなの! お互いに気恥ずかしいのか絡んでるようで絡んでない視線、それでいて双子なだけに同じ笑顔! それが初々しくて可愛くてね!」


「いきなり早口になった……」


「わかってたけど、恥ずかしい」


「沙希、しかもあたしたち百合って思われてる?」


「初々しいとか言ってるものね……姉妹百合」


「姉妹は否定しないと」


「百合も否定しようよ……」


「お互い様だと思う」


「次がこれ! 体操服姿でさなちゃんがさきちゃんを後ろから抱きしめてる写真なんだけど、よく見ると、さなちゃんがさきちゃんのシャツを抑えて引っ張ってるでしょ? おっぱいを強調するようにしてるの!」


「なっ――」


「違う、そんなこと意図してないっ」


「次も体操服で校庭を走ってるふたりの後ろ姿なんだけど、前を走るさなちゃんのお尻をさきちゃんがジッと見てるんだよね。まるでファンにここを見てってアピールしてるみたいに!」


「……沙希?」


「違うから! そんなんじゃないから!」


「お互いのコンプレックスを羨む双子姉妹。そしてそれを写真集って不特定多数に見られるのに強調し合う姉妹愛! 最高にいい性格してると思わない!?」


「ぅ、ぁ」


「……っぁ」


 そこまで語ってようやく我に返った私は、頬や耳どころか首筋まで真っ赤になって固まってる双子に気づく。瞳を涙でウルウルと潤ませる沙希ちゃんと唇をプルプルと震わせる沙奈ちゃん。


「「いい性格してるのはお前だーっ!!」」


「普段は口調も性格も違うのに罵倒するときは綺麗に揃う。流石双子!」


「「このっ」」


 あ、本気で怒ってる、流石に誂いすぎたと慌てて話題を変える。怒りを羞恥方向へ!


「ところでふたりが作詞したあの曲の『あなた』って誰をイメージしたの?」


 知ってて訊く。


「う」


「ぐ」


 私は敢えて見ないけれどふたりの表情が忙しく変わっているのが感じられる。きっと揃って真っ赤なんだろうなぁ。


「私さきさなちゃんが、大好きっ!」


 一番のファンでありたいと思うと同時に、何があっても幼馴染として味方で居てあげると約束できる。そんな彼女たちの一番印象って恥ずかしがって真っ赤になり悶てる表情なの……だから許して? そんな推しの表情を見るのが私にとって最高の瞬間なんだから。


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