08 氷晶片入りりんご酒とおツマミ数種 前編

「氷湖にはね、色々と伝説があるの。ある者いわく、古代の城や遺跡がある。またある者いわく、財宝が眠っている」


 氷湖の裂け目を、魔法のほのかな明かりとともに先に進む。

 うん、確かにニーガの街でも氷湖の伝説は様々話題になっていた。

 進みながらトッティが言葉を続ける。


「氷湖に異変が生じたなら、それって伝説と関係してるんじゃないかって思ってね。それで今回はここまで出張ってきたのよね」

「で、大魔女トッティは伝説の真相は知ってるの?」

「……火のないところに煙は立たない、と言ってね。ちなみにヒトに伝わる話はさっきの通リなんだけど……獣人ワンワたちの伝説は、……ね、チーチ?」

「氷湖には氷の魔女、眠ってる!」

「つまり氷湖には氷の魔女の城があって、さらには古代の財宝もあるんじゃないかってこと。ま、仮説を全部取りというところかしらね」

「……」


 雑な推論じゃない? と思うけど……。

 根拠があるのだろうか?


「あ、今雑だなあって思ったでしょ! 違うわよ。文献なんかを紐解いたり、獣人にも人にも伝説を聞いたりした結果の答えなんだからね!」

「あはは、悪い悪い。それで、氷の魔女って?」

「氷の魔女は、大昔にこの辺りで活躍していたという伝説のある魔法使い。妖精フェアリー精霊エレメントか……とにかくヒトではないという話だけど」

「そうか、ヒトや獣人以外にも色んな種族がいるんだもんな」

「ええ。悪い魔女だと断定する噂こそないけれど、友好的な相手かどうかもわからないわ。古い時代の話だし、魔法使いは気難しいから」


 ザクザクと足元で砕けた氷が鳴る。

 明朗快活でフレンドリーなトッティを見ていると、魔法使いが気難しいというイメージは全く出てこない。

 それにしても、もしかして敵かもしれない相手のところにこうも大胆に乗り込むなんて、度胸があるのか無謀なのかわからない……。

 こんなときに料理しかできないのはやっぱり歯がゆい。せめてもっとこの世界の知識を仕入れたいな……。

 などと考えていると、突然トッティが足を止めた。


「あ、この壁。氷晶が豊富に含まれてるわ」

「あ、ほんとだ。これも食べられるな」

「触媒用にもしたいわ。ちょっともらっていきましょう」


 氷晶はこの辺りではよく見られる物資だ。魔法力がそのまま結晶化したもので、氷の力を強く含んでいる。

 つまるところパワーアップした氷で、暑い所に行っても溶けにくい。そのまま保冷剤として冷却用に使ったり、飲料食料に入れる純度の高い氷として使ったりするのだそうだ。



 さて、ちょっとの寄り道を経て、僕達がたどり着いた先は――。


 氷の殿堂、とでも呼ぶべきだろうか。

 あまりにも立派な建造物? だった。

 人の手で作ったものとも思えないけど、自然にできたものとも思えない。

 巨大で、冷然とそびえ立つ。まさに城。こんなものが凍った湖の中にあるなんて誰が想像するだろうか……。


「魔女の城! 魔女の城!」

「中にお邪魔してみましょうか。氷の魔女がいるなら話を聞きたいし」

「気をつけて進もう、何が出てくるかわからないから」

「もっちろん。それにしてもカイも冒険に慣れてきた感じがするわね~」


 気をつけている割にはのんきな彼女の声を聞きながら、僕達は城を奥に進んでいく。

 中に入ってみれば、しっかりと人工物という感じの作りをしている。調度品は大体雪と氷でできていて、そうじゃないものは岩。

 一歩足を踏み出すごとに、僕達の存在をわかっているようにポツポツと青い明かりが灯っていく。

 そして。


『お入りなさい』


 突然、氷のホールに声が響いた。

 冷ややかだけれど美しい。なんとも言えない威厳と圧力を感じさせる声。これが……氷の魔女の声か。

 声とともに大きな扉が開いて、本当に僕達を招いているようだ。


「い、行くの?」

「それはもう、正式にお招きにあずかったからね」


 ウインクを返されたら、もう覚悟を決めて行くしかない。

 颯爽さっそうと前を行くトッティに続いて、僕も思い切って足を踏み出した。


 氷の魔女。

 いったいどんな人物で、なぜこんなところにいるのか。

 大魔女トッティと氷の魔女の出会いは、どんな結果をもたらすのだろうか?

 ……そして、この局面で僕の料理ははたして役に立つのだろうか……?

 答えはすぐに出るとわかっていても、緊張で心臓がバクバク言うのだった。

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