07 雪雲の甘いお茶と氷下魚のフライ

 空が白み始めた頃から、チーチとともに釣り糸をたれる。

 氷湖に開けた小さな穴に、チーチが貸してくれた釣り道具を使って。

 たぶんテレビで見たことのあるワカサギ釣りに似ていると思う。と思ったら、釣れた魚もワカサギに似ていた。


「この魚、ニーガの市場でも並んでたな」

氷下魚イォルチ。この辺りでよくとれる! 小さいけど美味しい!」

「この感じだとやっぱり揚げたら美味しいかな?」

「揚げるとても良い! 骨ごと食べられる!」


 とおしゃべりする間にも、魚は本当によく釣れる。

 今日はなかなかついているんじゃないか?

 あっという間に集まった魚を網に入れてベースキャンプに持ち帰ると、トッティはトッティで何かやっているようだった。


 空に長い魔法杖ロッドを向けて、くるくると回している。

 何か唱えつつしばらくそれを繰り返していると、彼女の手元にはふわふわした塊が集まっていた。


「あら二人とも。戻ってきたのね、大漁じゃない!」

「トッティ、それは?」

「これはね、雪雲」


 雪雲。思わず僕とチーチは空を仰いだ。

 今日のお天気は雲半分晴れ半分というところ。今のところ雪は降りそうにない。

 トッティに雪雲収集の真意を聞く前に、僕には分かったことがあった。

 ……これ、食べられるやつだ。


「もしかしてトッティも食材集めてくれてた?」

「正解! 雪雲には魔法力マナが含まれているから、魔法の触媒しょくばいにもするんだけれどね、はいどーぞ」

「はい、受け取りました」

「うん。半分は料理に使って。朝ごはん、楽しみだわ」

「そうだね。うーん何にしようかなあ」


 少し考える。

 綿菓子のような雪雲は、ちぎって味見すると見た目通りの味だった。

 よし、今日の朝食、決めたぞ。


 今日はお茶の用意にお湯を沸かしながら、揚げ物の用意も整える。

 お茶は体が温まるハーブを茶葉に混ぜたもの。優しい味と香りは甘味をつけてもよく合うので、雪雲はお茶にいれてやることにする。

 もう一つの小鍋。油はさすがにたっぷり使うことはできないけど、揚げ焼きみたいな感じで、ワカサギ……じゃなかった氷下魚をフライにする。下味はハーブでつけている。


 からっと揚がっていくフライを取り上げつつ、持参の黒パンを炙って柔らかくする。同じく持参の野菜の酢漬けピクルスをフライと共にパンに挟んでやって、サンドイッチに。


 最後にお茶をいれて、その上に雪雲を乗せる。温かいお茶に溶けながら沈んでいく雪雲、すごくファンタジーな雰囲気の飲み物だなと、作った我ながら思う。


「お待ちどおさま!」

「待ってました!」


 トッティとチーチがきらきら輝く目で声を揃えて言うので、思わず吹き出してしまった。

 お代わりもあるよと伝えながら、二人にサンドイッチを渡す。そして簡易テーブルの上に人数分のお茶をのせて。


「いただきます」

「“いただきます”!」

「“いただきます”?」


 異口同音に言いながら食事を始める。

 氷下魚の香草フライと野菜の酢漬けのサンドイッチ。

 チーチの言った通り、揚げた魚は骨まで柔らかく食べられた。

 フライは良い揚がり具合で、外はカリッとしているし、身はふわっとして魚の旨みがしっかり残っている。酢漬けのアクセントがフライの油っぽさを中和して、朝食らしさを主張する。食感も楽しい。


 お茶の雪雲をスプーンでかき混ぜて、あつあつのお茶をすする。お茶がのどを通って胃にすべりこんでいくと、その温かさに体がほっとするのがわかる。爽やかで後に残らない甘みが快い。雪雲、思いのほか上品な甘さだ。


 それにしても寒い土地にいると、どうしても体を温めるものが必要になるんだなあ。今後のメニューを考える参考にしようと思う。


 ごちそうさま、を言う二人の顔もまた僕の心を和ませてくれるものだった。

 今日も一日頑張ろうという気にさせてくれる。



簡略式エイム。風の翼よ」


 さて、食事の後、僕達は早速探索に向かった。

 トッティが魔法を唱えて杖を操ると、僕達はゆっくり氷湖の割れ目の奥へと降下していく。

 念のためと降下前にチーチが穴の底へロープを垂らしてくれていたが、そのロープを投げ込んだ時もあっという間に見えなくなってしまったくらいの深い穴だ。


 浮遊の魔法……というのだろうか。何もない空中に浮いて移動している。初めての感覚に、なんだか落ち着かない気持ちになってしまう。

 この世界には絶叫マシンも飛行機もないだろうが、もっととんでもないもの――魔法は存在しているのだった。


「そろそろ割れ目の底よ。着地するわ」

 文字通り地に足をつけて、僕はやっと人心地ついたのだった。

 改めて当たりを見回してみると、まるで氷でできた鍾乳洞しょうにゅうどうのようだなあと思う。思ったよりずっと広い内部には、ヒダのある氷の壁面と青い氷をたたえた床。

 見上げれば、ずっと高みに空が見えた。


「先に進めそうね」

「あ、割れ目の次は裂け目か……」


 トッティの声に見てみると、壁面には裂け目があってさらに奥へと続いていることがわかる。

 僕たち三人はうなずきあって、奥へと進むことを決めた。


 初めての冒険にしてはハードルが高すぎないか?

 僕はそんな思いを抱きつつも、頼もしい仲間とともに踏み出す。

 この先に待っているのは、街の人達が言っていた伝説の遺跡か何かなのか、それとも……。


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