09 氷晶片入りりんご酒とおツマミ数種 中編

 二人の魔女の出会いは、壮観だった。

 かたや、漆黒しっこくのつややかな髪。褐色でハリのある肌に、生気にあふれた瞳を持つトッティ。

 一方で、流れるような銀髪。青白い肌に、静謐せいひつと冷ややかさをたたえた氷の魔女。

 どちらもどちらの魅力を持つ、まったく対照的な絶世の美女たち。

 玉座の間で二人は対面し、対峙している。


「ようこそ、今の世の魔女。わたくしの城へ」

「お招きありがとう。いにしえの氷の魔女」

「なんとお呼びすればよろしくて?」

「トッティよ。氷の魔女、あなたは?」

「わたくしはシェレスティア。お聞きしたいことは様々ありますけれど、まず·····そう、お連れになっているのはしもべたちでしょうか。しつけが行き届いているなら歓迎ですけれど」

「ええ、仲間よ。とっておきにマナーと気のいい二人」


 穏やかに言葉を交わし合う二人の間に、一瞬火花が散ったような気がする。

 気のせいだといいんだけど·····。

 僕とチーチは静かに成り行きを見守る。


「もうひとつ。ここは辺鄙へんぴなところでしょう。なんの御用ごようがあってわざわざいらっしゃったのかしら?」

「あなたに聞きたいことがあって」

「わたくしに聞きたいことが。それはそれは」

「でもどうもあなたは一筋縄じゃいかなそうね?」


 お、雲行きが怪しい·····。

 トッティがわざとらしく睨んでみせると、氷の魔女シェレスティアはおかしそうに、鈴を転がすようにころころと笑って応じる。


「ふふ、そうですわね。トッティ、あなたはいわゆる善き魔女なのかもしれないけれど、わたくし、どうにも、か弱き者には興味が抱けないの。ですから、どうか証明してくださいません?」


 氷の魔女は持っていた小さな指揮棒状のステッキを一振りする。

 一瞬のうちにあたりに氷の石人形ゴーレムが何十体も現れた。

 氷の魔女の目が、心なしか残酷な色を帯びて細められた気がする。


「あなたがたが、わたくしと話す価値のあるほどの者なのかどうかということ」


 対して、我らがトッティは――。

 僕が彼女の方を振り返ると、長い魔法杖ロッドを一振りぶん回した。手近な石人形が一体吹っ飛ぶ。これじゃ証明するのは魔法じゃなくて腕力みたいだけど、まあそれも実力のうちになるんだろうか。

 トッティは不敵に笑った。


「いいわよ。来なさい」


 トッティの言葉を合図に、チーチは斧を構え、僕は·····僕はとりあえず鍋を構える。

 苦笑しながらトッティが僕を杖で示すと、地面に魔法陣が刻まれ、そこから結界が現れて包み込まれる。うう、無力か。


「チーチ、少しだけ時間を稼げるかしら?」

「数が多い、本当に少しだけ」

「ありがとう。簡略式エイムじゃ、太刀打ちできなそうだからね。ちょっと長くなっちゃう。でもあなたの助力があれば、いい感じにやれると思うわ。カイは·····」

「僕は何か出来る?」

「結界の中にいて。魔法陣から出ると効果がなくなるから、出ないように」

「·····」

「しょげたいぬみたいな顔しないで。あなたの出番はここじゃないんだから」


 やっぱり、才能のあるなしは置いておいても、少しずつ武道なり何なりを学びたいなと思う·····。

 とはいえへこんでいる場合でもない。

 ここからは戦いが始まるのだ。


 トッティはくるりとシェレスティアに向き直り、そしてかかって来いとばかりに魔法杖で地面を叩いた。

 カン――!

 高い音が響く。

 その音を合図に、戦いの火蓋は切って落とされた。


 氷の石人形たちは、頑丈な氷を素材に作られている。シェレスティアが作り出したそれらは、戦闘技術は大雑把だけれど、何しろ硬くて数が多くて、大きさもそれなり。叩かれるだけでも普通の人間には大きな脅威になる。


 チーチの斧での攻撃も“斬る”はあまり通じないので、体重をかけて吹っ飛ばすのを中心に対処しているようだ。彼の腕は確かなもので、あっという間に何体もの石人形を吹っ飛ばしていく。釣りをしてる時はあんなに繊細な動きをするのに、戦闘では豪快そのものだ。


 チーチが前衛を務める間にトッティは呪文の詠唱えいしょうをしているが、今まで聞いたことのあるものとは違う詠唱の仕方だ。


「我が命ず。大魔女トッティ・メイダの名において――、」


 そこに、チーチの手からあふれた石人形が一体。

 ひらりと踊るようにその攻撃をかわすトッティ。


「炎よ、顕現けんげんせよ――」


 再びの一撃。

 一歩飛び退って更にかわす。


「顕現せよ、精霊の約定やくじょうにおいて、」


 彼女の詠唱はすごく速いが、石人形もいよいよ迫っている。拳が振り上げられる。


 あ。

 危ない――!


 そう思った瞬間、僕は飛び出していた。

 トッティの注意を忘れたわけじゃない。でも体が勝手に動いていたのだ。



 重い衝撃が体に走る。



炎嵐ファイアストーム――!」



 トッティが驚きながらも呪文の詠唱を完遂するのを聞いて。

 目の前が赤くなって。

 体に鈍い痛みが走るのを感じながら。


 僕は意識を手放したのだった。

 ·····。

 ··········。

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