02 黒パン、雪原草とベーコンのスープ

 夜中に、吹雪の音で目が覚めた。

 異世界に来てしまってから初めての夜だ。

 戸板に叩きつける雪つぶの音、ごおごおと渦巻く風の音。あとは暖炉の音だけ。大自然の猛威をこれほど感じるのは初めてで、どうにも落ち着かなかった。


「どした? 眠れない?」

「そりゃ知らない場所ですし……」


 トッティと僕は暖炉を囲んで雑魚寝していた。

 こんな綺麗な人と一緒でもドキドキしてる暇もない。正直、不安でいっぱいだった。

 暖炉の火が揺れる中、トッティはふむんと思案顔になる。


「それじゃこれをしなさい。私がお茶をいれてあげるから」

「え? あ、はい……?」


 ほいほいほい、と手早く何種類かの皮袋を渡される。中には乾燥させた草や実が入っている。それと小さな乳鉢にゅうばち乳棒にゅうぼうっていうんだっけ……薬とかをすり潰すやつだ、理科の実験で使うようなの。

祝福ギフト〟を持っている僕にはわかったけど、渡されたのは香草ハーブみたいでつまり……。

 僕はちょっと呆れ顔になりながら尋ねた。


「もしかして明日の朝ごはんの準備……?」

「何よー、眠れないんなら良いでしょ。ほらお茶!」

「なんで怒るんですか。いいですよ。いかにも眠くなりそーだし」

「ふん! 明日は、街まで連れてったげるわ」


 トッティは本当にお茶をれてくれたみたいだ。

 手渡されたあつあつのお茶をすすると、かぎなれてはいないけどいい匂いで、心が落ち着くようだった。


 それからぽつぽつと二人で話をした。

 トッティによると、僕みたいに間違ってこちらに来てしまう人間はいるようだ。珍しくはあるが一定数いるのだとか。

 ただ、この世界のどんな大魔法使いでも、今まで〝向こうとこちら〟を繋ぐ魔法は作れていないらしい。

 つまり、僕は……。


 僕は夜更けまで香草ハーブをすりあわせて、粉にした。……明日はスープを作ろう。心の底まで温まりそうなやつが良い。

 色んなことを考えてしまうとつらくて、とりあえず食べ物のことだけ考えることにした。




 翌朝。

 扉を開けると、外は昨日以上に真っ白で、何より日が昇るとまぶしくて目が開けていられないくらいだった。銀世界、という言葉が良く似合う。


「眩しそうだね!」

「うわっぷ!」


 彼女は自分のとんがり帽子を僕にかぶせてくれる。

 それからザクザクと雪原に踏み入っていく。


「あった、コレコレ。これを探してたんだなあー」


 ひときわ脳天気な声で言った彼女の手には、真っ白な草が握られていた。

 白色を緑に変えたら、見た目はほうれん草に似ているかもしれない。


「「雪原草せつげんそう!!」」


 僕と彼女の声がハモる。

 異世界に来て見知らぬ食材のはずだが、その知識があるとは。祝福ギフトとはつくづく便利なものだ。

 この草は火を通すととても柔らかくなって、香りもよく相当美味しいはずだ。ぐうー、と彼女のおなかが鳴った。


「吹雪の後にしか生えないのよ。とってもレアよ」

「そう思うと、昨日の大吹雪も悪くないのかも。じゃ、朝ごはんにしましょっか」

「さんせーい!」


 僕たちは再び猟師の小屋に戻って、朝ごはんの支度を始めた。

 僕たちと言ったが、トッティの仕事は荷物から取り出した黒パンをあぶることだ。この人に他のことをさせたら、なんだかロクなことにはならないぞと僕の祝福ギフトによるカンがささやいているので。


 雪原に出る前に沸かしておいたお湯に、昨晩作った香草ハーブの粉末を入れる。それから、ベーコン。十分に柔らかくなり味がスープに出たところで雪原草を加える。

 その頃にはパンがふんわりと食べ頃になっている。


「コケモモのジャムがあるのよ」

「よし、じゃそれで『いただきます』」

「それがあなたたちの世界の挨拶なのね? 『いただきます』」


 いただきますって、この世界じゃなんて言うんだろう?

 そんなことを考えながら、手を合わせた。


 炙られて良い香りのする黒パンに、トッティのとっておきだというコケモモのジャムをたっぷり塗り、贅沢に食べる。甘さが身に染みる!

 そしてスープ。我ながら素晴らしい出来栄えとなった……と言ってみるが、これはたぶん採れたての雪原草のおかげ。ベーコンも良いやつなんだろう、脂臭くなくて旨みがしっかり出ている。調合した香草ハーブの味は、結果としてちょっとコンソメに似ていたので馴染みやすかった。


「うーんうーんおいしい」

 トッティがうなっている。うなりながらニコニコしている。

「カイ、天才じゃないかしら」

「まあそれほどでもありますかね」


 後で聞いた話なのだが、ワイバーン肉は街に持っていって売りに出すとかなり良い値がつくそうだ。それとジャムやベーコンの高品質なものは結構なお値段なのだとか。雪原草もその珍しさから高値で取引されるらしい。……。


 彼女のくいしん坊のためだけじゃなく、もしかして僕を慰めてくれていたのだろうか。

 異世界にたったひとりで突然放り出されてしまった僕のことを。


「カイ、おかわり!」


 元気よく器を差し出す彼女からは、……気遣いか、気のせいか、どちらが本当なのかはわからなかった。

 朝ごはんも満腹になるまでしっかり食べた。

 そんなのどう使うんだよと思っていた僕の祝福ギフト、そう悪いもんじゃないかもしれない。

 朝の光を浴びて美味しいものを食べて、不安が解けていくのを感じていた。

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