大魔女さんちのお料理番

夕雪えい

大魔女さんと僕

01 ワイバーンの照り焼きグリルと炙りチーズ

 パチリ、パチ。薪がぜる音がかたわらで聞こえる。

 街道はずれにあるのだという、粗末な猟師の避難小屋。でもその中はとても暖かで、いい匂いにあふれている。夕飯の香りだ。

 僕は伺うように相手を見て、尋ねる。ちょっとおそるおそる。


「……。どうでしょう?」

「んっ」


 アーモンドのような大きな目でこちらを見返した彼女は、弾むように言った。黒く艶やかな髪の毛に、褐色の肌。それにいわゆる「魔女」っぽい装束。

 彼女の口は小ぶりで艶やかで可愛らしいが、その一口はおそろしく豪快だ。

 彼女の目は大きくて魅力的だが、この時は鋭く真剣そのもので、邪魔するものがいたら殺気さえ発するのではないだろうか。

 彼女の顔全体。これはもう天与てんよのもの、という整い方。十人中十人が美女というだろう。

 その顔でごくん。と口の中のものを飲み下すと、はっきりと言い放つ。


「おいしい。カイ。おかわり」

「今焼けるとこです」


 その細く美しい指は、何本目かの骨付き肉の残骸を、皿の端に寄せたところだった。


 僕は暖炉の火に掛けていた肉の塊を下ろして、慎重にナイフで切り分けていく。この作業、まだ慣れてないけど、それなりに上手くできているらしい。隣で彼女が小さく拍手している。


「さすが料理の〝祝福ギフト〟もちは違うわね」

「ホントなんですか、それ? 僕、こんな豪快な料理なんて今まで一度もしたことないんですけど……」

「大丈夫よ。私にはえるのよ」


 この世界の人間は、誰もが何らかの〝祝福ギフト〟簡単に言うと才能を持ってうまれてくるらしい。

 その才能はこの世界に〝やって来た〟僕にも適用されるといい、それが料理に関することなのだと彼女は言ったのだ。


 まさに才能を証明するかのように、肉はウェルダンで皮はパリパリ、中はふわっ。塗りつけた自作のタレは甘辛くてよく絡む。僕も食べ慣れた照り焼きチキンのような味わい。

 一緒にあぶっていたチーズはとろけてちょうど良い具合だ。焦げ目の香ばしさともっちりした食感がすごく良い。


「ふふふっ、食事はやっぱりこうじゃなきゃね」

「食いすぎでは……」

「美味しい証拠よ!」


 すでに二人前以上平らげて、ご機嫌な彼女。

 これは実はそう――くいしん坊な美女と僕のはじめてのお食事シーン。なのだった。



 僕は、カイ。早乙女海さおとめ かい

 話せば長くなるのだけど、本当はこの世界の人間ではない。別の世界……現代日本から飛ばされてきた、まあかなりついていない類の人間である。


 そして目の前の美女は僕の不幸中の幸い。

 彼女は、トッティ。本人曰く「大魔女様」らしい。

 僕は今日、トッティに一日で三回も救われて……それでこうして一緒にのんきにごはんを食べられている。


 というのもさかのぼること数時間前――。

 僕は、自由落下していたのだから。





「ああああああああぁぁぁ……!?」

 それは大学に向かう途中だった。

 道を歩いていた時、ふとぐにゃりと目の前が歪んだのだ。で、気づけば空中コレである。


「うわああああああ……!!」

 何コレ。

 見下ろしてみれば、はるか下に雪景色が見える。道理で寒いと思った。じゃなくて、春先のこの格好でどうしろと? と思う。第一の死である。

 いや凍死の前に墜落死だからまあ良いか。良くない。


 しかも気付けば僕の周りを取り巻くように、怪鳥とでも呼ぶべき奇妙な生物が飛んでいる。

 落ちて生きのびてもすぐ食われて死ぬやつだ。もうだめかもしれない。

 これが第二の死……展開が早い。


 第三の死はすぐにやってきた。そこらを飛んでいる怪鳥より、明確にでかい羽ばたきが聞こえたのだ。たちまちにガシッ! と体を強い力で鷲掴みにされる。

「!?なっ……!」


 見上げれば、白い鱗のついた翼のある竜みたいなやつの足が、僕のことをがっしり捕まえている。

 知ってる。僕、獲物エサだわこれ。

 もう死んだんじゃないか、完全に。


 そこで……。


簡略式エイム! 雷よ!」

 高らかに歌うような声とともに、この鳥とも何ともつかない巨大な生き物が雷にうたれたのだ。雷に恐れをなしたのか、怪鳥たちも散り散りに飛んでいって……。

 再び雪原へ向けて自由落下する僕は、緩やかに受け止められたのだ。

 豊満な胸をした黒ずくめの美女様の腕に。お姫様抱っこで。

 そして無事に、空中自由落下からの捕食されかけの状態から、生還することになったのだった。



 その美女、つまりトッティは大魔女の名に相応しく、実際物知りだった。おまけに人懐っこく、どうもめちゃくちゃに強いようだった。

 そして、――めちゃくちゃ腹ぺこだった。僕が助けてくれたお礼を言う前に、説明を始めた。


「これ、白翼竜ワイバーンね。雪原にいるタイプの飛行するトカゲみたいなものよ。食べられるわ、味はニワトリなんかと似てる。いまバラすわね」

「えっ、バラ……!? え、食べられるんですか?」


 僕がコイツに食べられるとこだったんですけど。

 戸惑っているうちに、彼女は魔法でワイバーンを解体し始めた。

 魔法というのは便利で(あるいは彼女が優秀なのか)、あっという間にワイバーン? はおにくのかたまりになったのだった。



 で、冒頭へ戻る。

 僕はトッティの見立てで料理の祝福ギフトがあると判定され、戸惑いながらも大料理に取り組むことになったのだ。無事成功して良かった。

 そして彼女の魔法のおかげで、僕は寒さも感じず食いっぱぐれることもなく、夜をこせそうだった。


「あー、おなかいっぱい。ごちそうさま!」

「あの恐ろしい生き物がこんなごちそうになるとは……。トッティさん、助けてもらってありがとうございました、ホントに」

「トッティでいいわよ、私もあなたのことカイって呼んでるんだから」

「じゃあトッティ。あ、これさっきもらった茶葉でれたお茶です」


 食後のお茶……これも見慣れない葉っぱながら美味く淹れることが出来て、トッティも僕も満足したのである。


 ただ、この先どうなるのか……。

 料理の才能って、何に役立つんだろう。

 あんな化け物がいるこの世界で、僕はどうにか生き残ることが出来るのか? 街までたどり着けるのか?

 そもそも、僕はどうなるのだろうか。

 それを考えずには居られなかった。

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