03 地魚とマンドレイクの煮込みなべ

「大丈夫?ついてこれてる?」


 少し時間が経って、昼になった雪原。

 結晶をまとった針葉樹がキラキラと光り輝いている。

 僕の先には人形にソリ(ワイバーンの肉が載っている)を引かせたトッティが歩いていた。この調子でいけば昼過ぎには街に着けるのだそうだ。


「バテてる? 平気?」

「平気……いやさ、ついていってるけど……その! なんか瞬間移動とか便利な魔法はないわけ!?」


 思わず無茶な要求が口をついて出た。

 トッティの貸してくれた予備の防寒具と、保温サーモの魔法? とやらでなんとか生き延びてることを実感する。彼女に拾われた僕は幸運だったようだが、それでも寒いものは寒い。

 そう訴えると、トッティは柳眉りゅうびを困ったようにつり上げる。


「私だって寒いわよ。ちなみに使えます。でもああいう大きい魔法は目立っちゃうから、目をつけられるのよ。避けたいの」

「目をつけられるって誰に?」

「……出る杭は打たれるっていうでしょう。そんなようなことよ。それより、気をつけていなさいよ。多分着くまでに何かしら起こるわ」


 なんだか適当に濁された気がする。そしてさりげなく不吉な予言もされた。

 全部魔法で解決と行かないのか。

 なかなか不便なところがあると思う。魔法がある異世界なのに。



 その後――。

 はたして、トッティの言葉通りになった。街に着く前に、二度の襲撃があったのだ。

 雪原狼の群れ。この規模の群れは珍しいそうだが、彼女があっさり風の魔法で追い払ってしまった。

 次に球根に葉が生えたような生物。はぐれマンドレイク。トッティは魔法で氷漬けにしてしまった。理由は僕にもわかった。食べられるやつだからだ。


「んー。しょくの後はやっぱり魔物が多いわね……」

「しょく?」

「日が隠れたり、月が隠れたりする天体の現象よ。その蝕の時には、あなたみたいな異界の者や物が境界を超えて流れてくるの。世界を保つ魔法の秩序が乱れて、こうして魔物が増えたり……。一方で異界の宝とか、思わぬ恩恵も手に入ったりするわけ」


 日食とか月食と言えば、元の世界では天体ショーくらいの認識だったが、この世界ではずいぶん大事のようだ。

 そんな大それた現象になんで巻き込まれてしまったのだろう。なんで自分が……。

 運が悪いの一言で済ませるにはちょっと重かった。

 自分がもう日本に帰れないのかと思うとなおさら。


「ほらほら、カイ。見えてきたわよ。ニーガの街よ」


 僕のまとう鬱々とした空気を察したからか、彼女が長い杖の先で示して明るく告げる。

 小さな門と、雪をまとった煉瓦れんがの家々が見えた。

 現金なもので、人里に来れたというだけで心がほーっと軽くなるのを感じたのだった。



 街の市場でワイバーンを換金するとものすごく喜ばれて、代わりに氷漬けの地魚をたくさんもらえた。

 冷蔵庫や冷凍庫というものはないらしいが、この自然の冷凍庫とも呼べる保存法はわかりやすいし便利だ。

 市場で食品と衣類の補充をして、町外れのトッティの家に行く。ひとまずはしばらく休むようにと部屋ももらって、服ももらって……親切づくしだ。


「あの、トッティ。今更なんだけど、なんでこんな親切にしてくれるわけ? 僕、この世界の通貨もないし、戦うことも出来ないんだけど……」

「んー……」


 彼女は少し考えて、それからまっすぐ僕を見た。


「美味しいごはん」

「はい?」

「美味しいごはんが食べたいのよ私。いつでもどこでも」

「それだけ?」

「それだけ。でも難しいことなのよ、すごく。だからありがとう」


 彼女は子供みたいに澄んだ瞳をしていた。満面の笑みを浮かべていた。美しい、と素直に思う。

 だからか、僕はなんだか……。なんだか……。


 ぐうーーー。

 おなかの音が響く。

 トッティのおなかには幸か不幸か、空気を読む力はないようだ。


「夕飯作りましょっか」

「う、うん、そうね、助かるわ」


 笑顔でうなずいた。僕は僕にできることやろうと思う。

 ということで、早速調理に取りかかることにした。


 トッティの家には素材が豊富に揃っていたので、ニンニクや生姜を香草や魚とともに煮込むことにした。

 それと、マンドレイク。解凍したマンドレイクの硬い外皮を剥いで、葉をざっくりと、身は大きめに切る。あらかじめ湯に通しておいて、あとで魚の煮込みなべに合流。

 岩塩と胡椒こしょうで味を整えたら、地魚とマンドレイクの煮込みなべの出来あがりだ。

 熱々のうちに僕たちはテーブルを囲んだ。


「はい、我が家へようこそ。おつかれさま、乾杯!」

「お邪魔します。おつかれさま、乾杯!」


 彼女が杯を掲げるのを見て、僕も真似をする。

 がつんと音を立てて木製の杯がぶつかった。

 器の中に満たされていたのは微発泡のお酒で、ほんのりとリンゴのような果実の風味がし、かわいた喉を潤してくれる。うまい!


 そして本命はお互いの目の前にある大皿だ。

 立派な魚が数匹。それと葉物野菜とジャガイモ風のもの……これは実はマンドレイクなのだが、香草ハーブと薬味がよく効いた香りが漂ってくる。

 ほわほわと盛大に湯気が上がる。魚にスプーンを入れれば、ほっくりとした白い身が姿を現す。口に入れればプリップリだ。


 マンドレイクは葉はシャキシャキでニラのような味。身の部分はものすごくジャガイモに似ていてほこほこしている。

 あちち。油断するとやけどしそうだけど、美味しい。


「美味しいなー! やっぱりカイは天才……本当に天才!」

「へへへ……。素材のお陰様でもあるけどね」


 かーっと体の中から熱くなってくるのは、お酒やあつあつの晩餐ばんさんだけのお陰ではないだろう。

 生きているっていう感じがしてきていた。



「ねえ、これからさ」

「ん?」


 お皿の上の四分の三ほどを平らげて一息ついたのだろうか。

 彼女は少し居住まいを正すと、そう話を振ってきた。


「私の料理番としてパーティを組むのはどう?」

「料理番って?」

「専属料理人みたいなかんじ。もちろん、冒険にも着いてきてもらうけど、私があなたを危ない目には合わせないわ」

「えっと。僕は……」

「返事はよく考えてからで大丈夫。ゆっくりしてから考えてね」

「わかりました」


 難しそうな話が出たのはこの時だけだった。あとは元通りこの世界についてや楽しい雑談などで、時間は過ぎていった。


 この異世界でどうやって生きて行こうか。 僕には何ができるんだろう?


 疑問にひとつの答えをくれるようなトッティの提案。

 僕は考え込みながら、よく出汁の出たスープをすするのだった。


 料理番。彼女と一緒に冒険に出る。

 放り込まれたばかりの異世界で、僕に果たしてそんな役目が出来るだろうか?

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