あなたは小説を、わたしは声優を!

夕日ゆうや

二人の幸せ

 俺は声優の相坂あいさかみおを推している。

 彼女の出ているアニメを片っ端から見て、そのグッズを買う。これが推し活というやつか。

 BRブルーレイは高かったが、買って良かった。声優さんによるオーディオコメンタリィがあるからだ。

 相坂さんの声が聞ける。それだけで満たされるのだ。

 その声を聴きながら俺は小説を書く。といってもアマチュアのWEB小説を書いている。プロにはなれないが、ここ一年でだいぶ伸びてきた。

 その中で昔から応援してくれるMIOさん。六年前から小説の書評や応援メッセージをくれる。

 高校に持っていく鞄にはいつもアニメのキーホルダーをぶら下げている。

 学校に着くと俺は自分の席に座る。

 隣の席には鈴木すずき穂香ほのかが座る。黒髪ロングで吸い込まれるような青色の瞳。

 その声をあまり聴いたことのない、完璧美少女。

 俺は彼女に恋をしている。だが、話すきっかけがない。

 声を聴いたこともない。だが、俺はただのオタクで終わるわけにはいかない。

「鈴木さん。今日は天気がいいですね」

 しまった! 話題がない時に言う天気の話!

 まるで俺を侮蔑するかのうな鈴木さん。

「そうですね。今日は天気がいいです」

 その声に俺がピンとくる。

「もしかして声優の澪さん?」

 俺がそう呟くと鈴木さんは驚いたように顔を背ける。

 いや、相坂澪の声なら聞き分ける自信がある。俺は確かに澪の声を聴いた。

「澪さん?」

「わたし、知りませーん」

「でもその声……」

 俺の小説のヒロインは彼女のイメージで作っている。

「はは。なんのことやら」

 汗を垂らす鈴木さんに、俺は声を返す。

「そうですか」

 俺はその言葉を聞き安心する。俺の推しヒロインである澪が、こんなぼろっちい高校に通っているわけがない。

 家に帰り、小説を書く。ここまでたくさん書いてきたが、書籍化の話はない。

 そんな中、MIOさんだけが応援をしてくれている。

 澪と名前がかぶるが、そんなはずはない。

 そんな中、澪さんのラジオを聴く。

『最近は、とある小説にはまっていまして――』

『いや、高校生活、楽しそうですね』

『そうなんですよ。隣に座る男の子が可愛くって』

 と澪と、さざねのラジオが終わる。

 俺は澪のやっているアニメを追いかけているし、そんな彼女のグッズを集めている。

 他の男と一緒に付き合うなんて考えられない。

 まるで自分のものであるかのように扱う。

 これはガチ恋勢という奴なのだろうか。だが、悪い気はしない。

 俺はこの子を一生推していくのだろう。


 次の日、俺は学校で隣の席の鈴木さんに話しかけられる。

 二、三はなしていると、鈴木さんは笑みを浮かべる。

友成ともなりさんは面白い方ですね」

「そ、そうかな? 俺はたんに推しの声優の話をしているのだから」

 学校が終わり、いつも通りラジオを聴く、と。

『今日、学校で隣の人と話したのですよ!』

 とるんるん気分で話す澪。

 まるで俺と話しているかのような声音にビクッと震える。

 もしかして澪は鈴木さんと同一人物ではないのか?

 そう言った疑問はすぐに生まれた。

『わたしは、その小説に救われたんです』

 またもそんな話をする澪。


 次の日。

 俺は鈴木さんに話しかけてみる。思い切って声優である可能性を。

「もしかして声優の澪さん?」

「え! いや、ええっ!」

 驚きで言葉を失う鈴木さん。

 どうやら本当に澪さんみたいだ。

 だが、なぜ俺に話しかけてきた?

 こんな俺に。

「友成さんには秘密を教えます。わたしは確かに澪です。でも口外しないでくださいね」

「お、おう」

 その後、家に帰り、パソコンを立ち上げる。

 そして一件のダイレクトメールに目がとまる。

『声優の澪です。わたしはあなたを応援しています。いつかあなたの書いた小説のアニメを演じたいと思います』

 そんなメッセに俺は躍起になり、小説を書く。

 澪にみっともない姿は見せられない。

 なら、このままアニメ化まで突っ切るまで。

 俺の推しが俺を推してくれている。

 これ以上の喜びがあるか?

 いや、ない。

 本物かどうか確かめるまでもなく、俺は文字を打ち続けていた。

 明くる日。

 俺はできあがった原稿を新人賞に投稿する。

 もう間違わない。もう他の作品に引っ張られたりしない。

 自分の赴くまま。楽しいを追求したつもりだ。

「友成くん、今日は疲れてそうだね」

 隣の席の鈴木が話しかけてくる。

「ちょっと徹夜で作業していたんだ。眠いさ」

「それって、わたしのラジオを聴いて――」

 鈴木は声を抑え、嬉しそうにする。

「俺は澪のファンだからな」

 その言葉に号泣する鈴木さん。

 やっぱり。

 鈴木さんは澪だ。

 確信を得た俺は、小説を見せることにした。

 だが、その前に。

「あいつ、鈴木さんを泣かせたぞ」「女の子を泣かせるなんてサイテー」「うざがらみじゃね?」「鈴木さんかわいそー」

 と言った声が聞こえてくる。

 うるさい。

 と思いながらも、俺はスマホで自分の小説を見せる。

 続きを下書きにしておいて良かった。

 それを見せると鈴木さんは、嬉しそうにする。

「ありがと。お陰で元気が出たわ。友成くん、あなたとは……」

 言葉に詰まったのか、鈴木さんは首を横に振る。

「澪を愛して上げて」

「ああ。もちろんさ」

 俺はそう言い、鈴木さんを抱きしめる。

 まだまだ、始まったばかりの恋だが、成就させるには時間がかかりそうだ。

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