第114話 ゆっくりと、積もりゆく
まるで吸い込まれそうな、澄み渡った冬の空。
雲一つないその姿に、ある種幻想的な、非日常さを感じさせられる。
「…………まぁ、こっちは平常運転みたいだけどさ」
そして、それとは対象的に――帰省の長旅になる日だというのに、普段通り繰り返される光景。
何度言っても変わることのない透のその行動に、苦笑させられてしまった。
「悪い。待ったか?」
「ふふっ。待ったよ」
足音で気づかれていたのだろうか。
俺が声をかけると同時。透は手に持った本から顔を上げると満面の笑みでそう返してくる。
(もう、言っても仕方ないよな…………俺が先に来ると、次はもっと早くなるし)
鼻の辺りが赤みがかってしまっている所を見るに、それなりに待っていたのは確かだろう。
こんな真冬なのだから、少しは控えて欲しいと思うものの、意外に頑固で、こうと決めたら譲らない透のことだ。
きっとこれからも一生、それが変わることはないなと諦めさせられる。
「……寒いだろ?」
「温かいよ、ちゃんと」
胸の辺りに手を当てながら向けられる視線には、半分からかいの意図が見て取れる。
『冷めないハート』。
それは、自分で伝えた言葉ではあるものの、こうやって改めて出されてしまうと、さすがに少し気恥ずかしいところもある。
(……いたずら好きも、いつものことか)
それこそ、氷室家クリスマス会では、透もテンションが上がってしまっていたのか、なかなか大胆な行動をしかけられた。
まぁ、早希と親父が悪魔の囁きを吹き込んでいたというのが一番の理由なのだろうが。
「はぁ……風邪、ひくなよ?」
「ふふっ。そしたら、一日中一緒にいてくれる?」
「……………………ノーコメントで」
「あははっ。誠君なら、絶対そうしてくれるもんね」
調子に乗らせるわけにもいかず、かといって嘘を吐くわけにもいかず、苦し紛れに返した言葉に楽しそうな笑い声が返ってくる。
俺は、再び大きなため息を吐くと、本当にその通りになってしまわないよう、自分の付けていたマフラーを透の首に巻き付けていくことにした。
「もうっ!これじゃ、ミイラみたいになっちゃうよ」
「風邪ひかれるよりはマシだ」
色違いのマフラー二つに、ニット帽。
目以外はほとんど埋まってしまったようなその姿は、確かにミイラの一歩手前だ。
しかし、それでも冷えてしまった体を温められるのならそちらの方がいい。
「…………一緒にいたくないってこと?」
「……できるだけ、苦しい思いはさせたくない。わかるだろ?」
それが、必要のないことなら、余計に。
色々なものに耐えてきた透には――今でも頑張り過ぎてしまう透には、いつも笑顔でいて欲しいと、そう思うから。
「……………………ん。わかった」
「じゃあ、待ち合わせ時間に早く来すぎるのもやめてくれるか?」
「それは無理かなー。気づいたら、もう着いてるの」
「…………ほんと、頑固というか、なんというか」
「仕方ないよ。だって、おばあちゃんの孫だもん」
「はいはい」
うず高く積まれたマフラーの下から若干籠って聞こえてくる上機嫌そうな声。
俺は、被っていた自分のニット帽をそっと外すと、再びそれを透の頭に二重に被せていくのだった。
◆◆◆◆◆
特徴的な音を響かせるディーゼル列車。
降りる人が俺達くらいしかいないような駅のホームに降り立つと、静かに雪が降り始めていることに気づいた。
「冬は、やっぱりちょっと印象が違うな」
「そう?」
「ああ。なんか、少しだけ寂しい感じがする」
葉を無くしてしまった木々に、虫の声一つ聞こえない静かな空気。
前来たのが夏だったからか、尚更そんな風に感じる。
(もう、そんなに経ったんだよな。あれから)
本当に、あっと言う間だった。
秋の時も同じようなことを思った気がするけれど。
(……前よりも透といる時間が長いから、余計に、か)
いろいろなところへ行って、いろいろなことをした。
だからだろう。濃密なくせに、早く過ぎ去っていってしまったのは。
「まぁ、夏に比べればそうなのかな?秋とかは紅葉とかもあって、また違うけど」
「そうなのか?じゃあ、今度は秋も見に来てみるかな」
「うんっ!そうしよう」
変わる季節に、流れる時間に、胸にこみ上げてくる寂寥感。
でも、繋いだままポッケに入れられた手から伝わってくるその温もりは、それを塗りつぶして有り余るほどで。
この先を二人で見てみたいと、そう思わせられる。
(過去があるから、今がある。そうじゃなきゃ、俺達の関係はずっと止まったままだった)
だから俺は、感謝しよう。
あの時はまだ芽を出したばかりだったその感情が、満開の花を咲かせていることに。
透が、大事だと。女の子として、好きだと、胸を張って言える今に。
「………………いつも、ありがとうな」
「え?なにが?」
「全部に、かな」
「んー、どういうこと?」
「ははっ…………好きだよ、透」
「っ…………もうっ!」
舞い散る雪が、薄っすらと積もり始める田んぼ道。
そして、俺達はそこに二人の足跡を刻んでいった。
ずっと隣り合わせに続く、そんな足跡を、いろんなところに寄り道しながら。
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