幕章Ⅴ -帰省-

第113話 贈る言葉


 十二月二十四日のクリスマスイブ兼、透の誕生日。

 どこかしこもがクリスマスムードで染められ、浮足立つ中、俺と透も自分たちなりの過ごし方でその日を過ごしていた。



「ほんとに、どこも行かなくてよかったのか?」


「うん……年末は、また二人で旅行だしね。今日くらいはゆっくりでいいよ」



 大きなビーズクッションに押し込められた俺と、それにもたれかかるように座る透。

 もはや定位置になりつつその場所で、ちょっとだけ間延びした声が耳のすぐ側から聞こえてくる。


(…………里帰り、か。おばあさんも、来ていいと言っていたらしいけど)


 当初、正月くらいは遠慮しようとしていたものの、透の駄々っ子と、それに結託したらしい遥さんからの突然の電話で強引に押し切られ、結局行くことになってしまった。

  


「ほんとに、正月も行ってよかったのか?たまには、家族水入らずってのも大事だと思うんだが」


「ふふっ。もう、その話は大丈夫だってば。おばあちゃんはイヤなら絶対そう言うから」


「うーん……それならいいけどな」


「ほら!それにさ、明日は私も誠君の家に行くでしょ?それと同じだと思うんだ」



 確かに、今年の氷室家クリスマス会には、透も参加することになっている。

 というよりも、絶対参加と書かれた招待状を早希に押し付けられたようで、最初から頭数に入れられてしまっていたらしかった。



「あれは……通り魔とかと同じ扱いだろ?こっちが悪い」


「あははっ。でも、私も行きたかったから丁度いいよ」


「………………まぁ、今回はお互いさまってことで考えておくか」


「うんっ!」


 

 どうせ、本気で透にお願いをされてしまえば断れないのだ。

 それに、俺としても、おばあさんには話すべきことがあるのでその機会とも考えられる。


(透とのこと、ちゃんとした筋は通しておかなきゃいけないしな)


 付き合ってすぐ、透に頼んで電話させて貰った時には、『約束は守りな』と、それだけ返ってきただけだった。

 恐らく、その意味を――以前約束した、ずっと透のそばにいるということを思えば肯定に近い答えだったのだと思う。

 でも、俺はやっぱり直接会って、話したい。

 あの人の宝物の、そして、俺の宝物の重さは、やっぱりそうじゃなきゃ見合わないと、そう感じているから。



「あっ、そういえば」



 不意に響いた大きな声に、考え込んでいたことに気づき意識を戻す。

 とりあえず、今は楽しもうと、そう思って。

 


「……どうした?」


「はい、これ」


「ん?なんだ?」

 

「ふっふっふ。まぁ、見てのお楽しみかな?」



 思わせぶりな透の顔を疑問に思いつつ、手渡された紙袋を覗き込む。

 すると、その中には何かモコモコとしたものが入っていて、手を突っ込んで取り出していくことにした。



「これって……マフラー?」


「それだけじゃないよ。手袋とね。あと、帽子も作ったんだ」


「ははっ。そりゃ、たくさん作ってくれたんだな」


「えへへ。しかも、私も色違いの作ったんだよね」

 


 そう言って、照れたような笑みを浮かべながら自分のモノを見せてくる透。

 しかし、恥ずかし気な様子とその押しの強いプレゼントはどこかピントがずれていて、ちょっと苦笑してしまった。



「あっ!あんまり喜んでない……せっかく作ったのに」


「ははっ。いや?喜んでるよ。本当に、ありがとう」


「ほんとに?内心、うわぁとか思ってない?」


「思ってないさ。透が、どんな気持ちで編んでくれたか、伝わってくる気がする」



 どこを触っても粗がなく、丁寧に編み込まれた紺と白の暖かそうなマフラー。

 当然、他のものも同じように作られているのは明白で、身に着けていなくても心が温かくなるような気さえしてくる。



「…………なら、よかった」


「ああ。ちゃんと、大事にするよ」


 

 どこかホッとしたような透の頭にゆっくりと手を置き、その不安がなくなるように撫でつける。

 心からのありがとうが、伝わるように。



「………………それとさ。俺の方も準備してきたんだ」



 そして、そのまましばらくが経ち、今度は自分の番だろうなと、カバンの中に入れていた紙袋を取り出して渡す。 



「え?ほんとに?やったっ」


「でもこの後だと、ちょっとハードル高いからさ。がっかりさせたらごめんな」


「ううん。誠君から貰えるものなら、何でも嬉しいよ」



 これ以上ないほど快適な室内だというのに、ほんの僅かに汗ばんた手のひら。

 透ならなんでも喜んでくれるというのはわかりつつも、緊張してしまうのは、それだけ俺にとって透が大きな存在であるという証拠なのだろうか。


(らしくないよな。ほんと)


 きっと、霜月がまだここにいれば、揶揄われるか、目を丸くされたに違いない。

 それだけ俺は、人からの評価というものに無頓着なまま生きてきたから。



「…………これって……もしかして、栞?」


「ああ。透は、なんだかんだ本が好きだろ?…………まぁ一応、それも手作りなんだけど」


「えっ!?手作りっ!?」


「親父の伝手でな。木材とか扱ってるとこで、教えてもらったんだ」


 

 黒檀の木を綺麗に磨き、表面処理を幾重かに重ねた手製の栞。

 やっぱり初めてだと上手くいかなくて、何度も何度もダメにはしてしまったものの、最後にはそれなりに納得のいくものに仕上がった。



「…………………………この描いてあるお花の絵は?」

 

「あー……それな。黒一色だと味気ないし、色々と考えたんだけどさ」



 どんなものであれば、どんなものを贈れば、透は喜んでくれるだろうと、周りから見たらどうしようもないくらい悩まされた。

 そして、疲れた頭で結局辿り着いた答えは、一つ。

 だから、それに関係したものを描くことにした。早希に、どうしたら上手く描けるかを教えてもらいながら。



「最終的に、一つの言葉を贈りたくて、それにした」



 寂しがり屋の透が、これを見た時に元気になれるように。



「…………どんな言葉なの?」

 


 二人の約束を思い出して、いつも隣に感じられるように。



「その花言葉は、『君のそばにいる』…………さすがにちょっと、恥ずかしいけどな」



 黒の中でも咲き誇る黄色い花――柳葉向日葵(ヤナギバヒマワリ)。

 悩みに悩んで、悩み抜いて最後に出た答えは、そんなものだった。



「っ…………もうっ!ほんとに、もうっ!」


「おっと」



 強くぶつかられた勢いで、厚手のクッションを突き抜けた腰が床に追突する。

 しかし、そのままギュッとしがみついてくる透に、痛みすらもどこかへ行ってしまったようだった。



「………………誠君は、ほんとに、ズルいよね」


「喜んでもらえたなら、よかったよ。ほんとに、人生で一番悩んだかもしれないしな」


 

 何かいいのがないかと、アクセサリーショップや雑貨屋、いろんなところを見に行った。

 でも、これだと思えるものに行き当たることはなくて、結局何も買わずに終わってしまった。  

 

 

「ふふっ。そんなに悩んでくれたなら、ズルい誠君のことも許してあげようかな」


「そりゃ、どうも」



 上気した頬と、交差する視線。

 そして、俺達は仲直りでもいうように、そっと口づけを交わした。

 何度も、何度も、本当に飽きもせずに。









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