第112話 幼馴染⑤
言われるがままに外に出て、ちょうど十分ほど経った後。
少しも減った様子のない二人の飲み物が気になりつつも、寒さを紛らわすためのホットコーヒーを一つ注文する。
「…………あー、なんの話してたんだ?」
なんだか、変な雰囲気だなと思いながら、そう問いかける。
そして、上着を脱ぎながら、そのまま元居た席――霜月の隣に座ろうとしたその時、透の何とも言えない視線がこちらに向けられ首を傾げてしまった。
(……ほんと、何があったんだ?)
霜月は、人間嫌いな部分があって、ごく限られた人間としか付き合うことをしない。
でも、空気を読むというか、考えを読むというか、その時にいる場をかき乱すような会話をすることはほとんどなくて、どちらかというと無言でほほ笑んでいることも多かった。
それこそ、相手に害意があってもぶつからず、致命的な部分まで踏み込まない限りは、言い返すことすらないこともあったくらいだ。
「ははっ。ちょっと、お互いの話をね。おっと、僕は霜月 ルイ。よろしくね」
「…………………………………………蓮見 透です」
「今のが自己紹介か?何してたんだよ、ほんとに」
不安過ぎる会話の流れ。
とりあえず、謝罪の意味も込めて透の隣に座ると、どうやらそれで正解だったらしい。
透は、一瞬にして体を近づけると、その密着した体勢のまま威嚇するかのように霜月に不満げな視線を向け始めた。
「そんなに怖い目を向けないでくれないかい?僕は、別に敵意があるわけじゃないんだ」
「………………わかってます。でも、頭と感情が切り分けられないこともあるんです」
「そうか。うん、そうだね…………たぶん僕も、熱くなり過ぎてたんだと思うよ」
「…………そう、ですか」
俺には何の説明もないまま、二人で納得し合ったかのようにして話が終わってしまう。
もしかしたら、これは俺が聞くべきではないという会話なのだろうか。
ちょっとだけ、寂しい気持ちはありながらも、二人がそうしたいというのなら、仕方がないかと口を挟まずに過ごす。
(まぁ、あんまり仲良くはなれなかったってことだよな)
とはいえ、致命的な仲違いをしたわけでもなさそうなので、それはそれでよかったと思う。
そもそも、タイプは違えど、両方とも気難しい部分がある。
その点を考慮すれば、二人が仲良くなれるのは難しいかもしれないと、薄々ながらに感じてはいたのだ。
「氷室君」
「ん?なんだ?」
「僕も、そろそろ一緒に歩ける人を探してみようかと、そう思ったよ。君に、置いていかれないためにもね」
「なんだよ、そりゃ。でも、随分な心変わりじゃないか?」
そして、唐突に話し始めた霜月の、その発言に少し驚かされる。
ずっと一人身のが気楽だと、確か以前は言っていたはずなのに。
「……それは、君もだろう?」
「ははっ。そういえば、そうか」
「そうだよ。大事なところを忘れては困るね」
確かに、俺も以前は、誰かと付き合うことなんて想像もつかなかった。
中には、勇気を出して告白をしてくれた子もいたし、その時はどれだけ有難いことなんだろうと思いはしたけど。
(………………それでも、俺は背負えなかった。彼女達を、背負いきるだけの覚悟を、自分の中で見つけることができなかった)
きっと、それは、面倒くさかったということなんだろう。
全てをかなぐり捨てて、身もふたもない言い方をしてしまえば。
「悪い。でも、それなら霜月を応援しなくちゃいけないな」
「おっと。急に、先輩面かい?」
「あはははっ、そうだな。まぁ、碌なアドバイスはできないんだけどさ」
「……ふふっ。特に期待はしていないよ」
すぐ側にある透の手をそっと握ると、同じくらいの力で握り返してくれる。
俺が、背負うと決めたものの大事さを、もう一度自分の中ではっきりとさせてくれる。
(この手を離したくないと、今はそう思ってる)
だから、霜月にそういう人ができてもおかしくないのだと、なんとなく思わせられた。
恐らく、その人は大層振り回されてしまうのだろうけど。
「じゃあ、応援だけしとくよ」
「…………いや。やっぱり一つだけ聞いておこうかな」
「なんだ?」
「氷室君にとって、蓮見さんを一言で表すなら、どんな存在なのかな?」
「そりゃ、いったい?」
「思ったままでいいよ。ただの参考程度だから」
その言葉に、手を握る力が少しだけ強くなり、透の内心が伝わってくる。
どう思っているか、知りたいとでも言うように。
(………………一言で、か)
しかし、それはすごく難しくて、何と言えばいいのかよくわからない。
もしかしたら、愛する人、とかが相応しいのかもしれないが、なんだか釈然としないのだ。
(ひたむきで、優しくて、泣き虫で、甘えたがりで、嫉妬深くて、いたずら好きで……言い出したら、キリがない)
その全部が好きなところで、欠けて欲しくないところ。
俺の好きな人の、ありのままの姿なのだと思う。
「一言、なんだよな?」
「うん。いろんなものを削ぎ落して、その中心にあるものが、何なのか。それを知りたいんだ」
「…………………なら、『透』だな」
「え?」
「透は、一言で言うなら、『透』だ。それ以外に、思いつかない」
「…………っく、はっはっははは。そうか、それが、君の答えなんだね」
「ああ」
霜月の言葉を借りるなら、どこをどう削っても、残るのは透でしかない。
考えれば考えるほど、アホみたいな回答だとは思うけれど。
「はっ、はは。いや、ある意味君らしい」
「そうか?」
「ああ。何もかも、ありのまま包み込んでくれる…………昔から変わらない、氷室君のいいところさ」
目に涙すら浮かべながら笑う姿は、始めて会った時もそうだったなと思い返す。
確か、あの時もまた、不思議な問答を投げかけられて……その時はこう言われたのだ。
『これからは、なんだか楽しくなりそうだよ』、と。
真っ白で綺麗な、その右手をこちらに差し出しながら。
「………………ありがとう。日本を立つ前に、いい思い出ができた」
「あっちに、帰るのか?」
「もう、満足したしね」
「そっか。じゃあ、元気でな」
「うん。氷室君……と、蓮見さんも」
「…………はい、お元気で」
こうして、俺の幼馴染と、恋人の顔合わせは、少々問題はありながらも終わりを告げたのだった。
結局、何があったかを二人が教えてくれることは、一度もないまま。
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