第109話 幼馴染②
「…………ふぁあ」
毎週お決まりの金曜日。
透の作った料理を食べ、一緒に皿洗いを終えた後に座っているとついつい欠伸が出ていってしまう。
「ふふっ。今日、ずっと眠そうだったよね」
「ああ、ちょっと友達が泊まりに来てて…………っと、そういえば聞くの忘れてた」
「え?なに?」
「その友達が透に会いたいって言っててさ。来週の土日までで空いてる時間あったりするか?」
自分の性格的に、彼女を紹介して回りたいという気持ちはあまりないし、元々予定もなかった。
しかし、どちらかと言えばさっぱりとした、言い換えればほとんどのことに興味がない霜月が珍しく本気のお願いをしてくるので、ついつい一度聞いてみると答えてしまったのだ。
(あくまで、透がいいならではあるが)
仲のいい人同士が仲良くできればいいとは思うものの、別にそうでなくてはいけないわけではない。
俺が自分の意志で何かを選んできたように、みんなにとってもそれは自由だ。
もし、会いたくないというのならば諦めて貰うつもりだった。
「………………その人は、誠君にとって大事な人?」
「大事だよ。変わってはいるけど……昔から、尊敬してるやつなんだ」
「…………そっか」
「ああ」
両親のこともあって、ただでさえ押し付けられていた高いハードル。
多少、とは言いづらい髪色や瞳などの外見の違い。
その独特の雰囲気のせいで虐められることはなかったけれど、周りに誰かがいることもあまり無かった。
(腫物を扱うようにってのは、こういうことなんだって思ったっけ)
それでも、霜月は何があっても飄々としていて、揺らぐことは決してなかった。
だからこそ、俺はその強さがカッコいいと感じたし、応援してやりたいと思った。
ドッチボールやキャッチボール。
小さい頃、それを誘っても断っていたのは、やりたくないからでも、気が合わないからでもなくて、指を傷めたくないからという理由だと分かったから。
「……うん。会うよ、私」
「少しでも、気乗りしないなら別にいいんだぞ?」
「ううん、会いたいの。私は、誠君のことを、もっと知っていきたい。出会う前のことも含めて、全部」
真っ直ぐにこちらを見据える強い視線。
それは、俺に気を遣っていっていることではないことは明らかだった。
(……もっと、気を抜いてもいいとは思うけどな)
でも、それが透らしさ、俺が好きな透のいいところでもあるので苦笑することしかできない。
「わかった。いつにする?」
「…………明後日の日曜の朝。家の近くのカフェでってのはどうかな?」
「いいぞ。でも、いいのか?二日とも続けて外になるけど」
土曜日は、元々二人で出かける予定だ。
今回は、ちょっとだけ距離もあるところだし、連続しての予定に疲れてしまわないだろうかと心配になる。
それこそ、確か透は日曜の夕方からも何か予定があると言っていたはずだ。
「私は、ぜんぜん。誠君が嫌じゃないなら」
「俺もいいぞ。どうせ、家にいるだけだしな」
「なら、決まりだね」
「そうだな」
霜月はいつでもいいと言っていたので、後で伝えておけばいいだろう。
悲鳴らしき声が電話の向こう側から聞こえてきた気はするものの、アイツは来週まで休みを取るとマネージャーに伝えたと言っていたことだし。
「ふふっ…………でも、誠君が土曜日にって言ってたら、ちょっと怒ってたかも」
「そんなことしないさ。先約だし、気持ち的にもそっちのが大事だ」
「そっか。嬉しいな」
はにかんだ笑顔。
そのまま、するりと押し倒すように抱き着いてくる透の頭をいつものように撫でていると、なんとなく猫みたいだなと感じる。
(性格は、犬に近いかもしれないけど)
きっとそれは、どちらかといえば美人顔、不機嫌にしていると鋭さを感じるような顔の造形が関係しているのだろう。
最初会った時も、なんとなくそう思ったような記憶もあるし。
「……うまくできなかったら、ごめんね?」
「そんなことはどうでもいいんだ。ただ透は、自分の気持ちを大事にすればいい。結果がどうなっても、俺は自分の答えを変えるつもりはないから」
どちらとも信頼しているからこそ、理由もなく喧嘩になることなどありえないと思っている。
なら、後は二人に任せるだけ。
お互いがお互いを認められなかったとしても、俺の中での二人の立ち位置が変わることは決してない。
「あははっ。誠君らしい答えだね」
「そうか?」
「……うん。私の好きな、誠君らしいよ」
「そっか」
俺を、俺らしいと、そう言ってくれる人がいる。
時間を積み重ねて、理解してくれている人がいる。
(それだけで、幸せだよな)
でも、願わくば。
大事な人達が、お互いのことを好きになってくれるといいなと思う。
俺は、抱きしめた透の温もりを感じながら、そんな贅沢な願いを胸にそっとしまい込むのだった。
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