幕章Ⅳ -幼馴染-
第108話 幼馴染①
放課後に寄り道をし、友達と別れて歩く帰り道。
ふと、強く吹いた風は冷たくて、冬を確かに感じさせていた。
「……二学期も、もう終わりか」
この前まで夏休みだったかと思えば、あっという間に日々は過ぎ去っていく。
きっとそれは、透が一緒にいたから余計にそう感じているのだと思う。
校内では無理だからと、一緒に行った他校の文化祭。
早希と親父に唆(そそのか)されて、いつもより数段完成度の高くなってしまったハロウィン。
ハイキングも兼ねた紅葉狩りでは、あまりの健脚ぶりに思わず驚かされてしまった。
「いろいろあったけど……楽しかったよな」
不機嫌にさせてしまうことはたまにあったけど、それも本気で怒っているわけではなくて、構って欲しいという風なものが多かったはずだ。
まぁ、最近では、それに味を占めたのか回数も多くなったような気もするが。
(……確か、そろそろ誕生日だっけ。なんか、考えておかないとな)
あまり物欲のない透に何をあげるかは難しいところだが、何かしらはしてあげたい。
今の俺は、それ以上にたくさんのものを透に貰っているから。
「……また、早希に女性向けの雑誌でも借りてみるかなぁ」
「へぇ、珍しい。氷室君も、そういうものを読むんだねぇ」
そして、ようやく見えてきた家に、独り言を言いながら近づいて行ったその時。
突然、後ろからかけられた声に驚き、後ろを振り返る。
「っ…………なんだ、霜月か。びっくりした」
「やぁ、氷室君。久しぶりだね」
「……久しぶりって、お前な。たまには連絡くらいしてこいよな?」
「ごめんごめん。つい、忘れちゃうんだ」
霜月 ルイ。
ある意味、幼稚園の頃からの付き合いともいえる幼馴染。
スマホすら持っていない変わり者な上、中学に上がる頃には、親の仕事の関係で海外に行ってしまっていたので微妙な関係だとは思うけれど。
(というか、ほんといつぶりだ?前は、中二の時だっけ?)
自由なやつなので気にはしていないし、不思議と馬が合うのでそれでも仲がいいとは思っているものの、最後に会ってからだいぶ経っているのは間違いない。
それこそ、どんどんと大きくなる背丈と、大人びたように見える顔がなおさらそう感じさせていた。
「まぁ、いいんだけどさ。どうしたんだ、今日は?」
百八十近くあるだろうかという位置にある色白の顔を若干見上げるようにして尋ねる。
金髪に近い髪は以前よりも下の位置まで伸ばされていて、邪魔じゃないんだろうかとどうでもいい事を考えながら。
「少し、会いたくなってね。ダメかな?」
「別に、ダメじゃないが……そんな気軽に来れるような距離じゃないだろ?」
「仕方ないさ。そうしたいと思ったんだから」
「…………携帯かパソコンか、いい加減買えばいいだろ?」
「ははっ、嫌だよ。余計なものは持たない主義なんだ」
その答えに、相変わらずだなと苦笑する。
両親の才能をこれ以上無いほどに受け継ぎ、既に手に職を持っている霜月からすれば、そんなもの買う金なんていくらでもあるはずなのに。
(……ピアニスト、か。芸術肌の人は、みんなこうなのか?)
昔から、浮世離れした性格だった。
いや、小さい頃はその外見もあって文字通り浮いていた。
本人はまるで気にした素振りも見せていなかった気がするけれど。
「ほんと、変わってるよな」
「そうかい?僕は僕。それ以上でも、それ以外でもない。それに、君もどちらかと言えばこっち側だと思うよ?」
「そうか?まぁ、どっちでもいいけどさ」
「ははっ…………氷室君は、本当に変わらないね。なんだか、安心するよ」
穏やかな笑み。
なんだか、吹っ切れたようにも見えるその爽やかな表情に、何か悩み事でもあったのだろうかと思わせられる。
(……何かあったのか?…………いや、もういいのか)
勝手に悩み、勝手に自分で区切りをつける。
霜月は、昔からそういう奴だ。
それに、心の内を明かすことは少ないし、聞いても教えてくれないのだから、考えても仕方がないことだと忘れる他ない。
「はぁ、面倒な性格だよな、ほんと。でも、もし力になれることがあったら言ってくれ。出来ることなら頑張るからさ」
「………………うん。本当に変わらない。来てよかったよ」
「で、どうする?家寄ってくか?」
「……うん、そうだね。また、お姫様の絵でも見せて貰うとしようかな」
「お姫さまって……お前な。まっ、いいや。寒いし、行くか」
やたらと気の合うらしい早希と霜月は、その独特の感性が何かしら影響しているのだろうか。
俺は、この後余計に面倒くさくなるんだろうなと、そう思いながらため息を吐くと。家の方に再び歩き始めるのだった。
◆◆◆◆◆
母さんから手紙くらい寄こしてから来なさいと言うお小言を受けて始まった夕食の後。
早希の部屋に行ったと思ってすぐ、うるさい足音と共に扉が乱雑に開かれ呆れた目線を向ける。
「彼女ができたんだって?詳しく聞かせておくれよ」
「ノックくらいしろよ……というか、恋バナとか興味無かったんじゃないのか?」
「他の人のはね。でも、氷室君のはちょっと別かな。君が好きになった人がいるなら、聞きたいし、どうせなら会ってみたい」
他人にとことん興味のないタイプだと思っていたが、そうではなかったのだろうか。
にじり寄ってくる相手の強すぎる視線に気圧され、ついつい部屋の奥へと追いやられる。
「あー、とりあえず、扉閉めてくれ。寒い」
「ん?ああ、ごめん」
そして、霜月は扉を閉めると、逃がさないとでもいうようにその近くに座り込み、こちらをジッと見つめてくる。
(別に、逃げる気はないんだが)
しかし、ここまで強い関心を示されると、なんだか逆に話しづらい。
正直なところ、彼女ができたとその一言でわかってしまうようなことなのだし。
「まぁ、あれだ。好きな人ができて、告白した」
「……それで?」
「すごくいい子で、たくさんの時間を一緒に過ごした」
「…………もしかして、もう終わりとか言わないよね?」
「ダメか?」
「ダメだね」
呆れたような、残念な子を見るような表情に、これが長丁場になることを理解する。
しかし、とはいえ今日はまだ木曜日。
明日は学校で、それほど長い間起きていられるわけでもない。
「…………日付変わる頃には、さすがに寝るぞ?」
「……………………いいだろう。僕も、聞けるまでは帰国しないようにするよ」
「おいおい。仕事の方は大丈夫なのか?」
「どうだろう?でも、気になって手につかないなら一緒じゃないかな?」
その真剣な目に、表情に。
正真正銘、純度百パーセントで言っているだろうことが伝わってきて苦笑する。
ある意味では不器用で、真っ直ぐな、その生き方が、霜月らしいなと思えて。
「仕方ない。とりあえず、聞きたいこと言え。順番に答えていくから」
「わかった。じゃあ、まずは――」
そして、夜は更けていく。
大人になっていく自分達と、それに伴う変化。
でも、それでも変わらない関係性や、性格。
ふと、クスリと笑ってしまうような、そんなものを、何となく感じながら。
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