第106話 見せたい変化
一日のコマの最後。
総合的な学習という名のよくわからないものに割り当てられたその時間は、どうやら開催までそれほど間もない文化祭のことを話し合うことになったらしい。
「じゃあ、出し物と係はこれで決まりで。あとは、係ごとに今後の動きを話し合って今週末までに報告をお願いします。この後空いた時間もそれに当ててもらって大丈夫なので」
相変わらずの笑顔ながらも、若干嫌そうなのが伝わってくる透。
しかし、元々の人望と信頼、加えてその明瞭なしきりにあっという間に様々なことが決まっていくところはさすがだと思う。
(…………絶対後で愚痴を聞かされるんだろうけど)
それに、透を支持したグループ。
女子は桐谷さん、男子は狩谷のそれぞれに発言力があるからだろう。
お調子者のクラスメイトが場をかき乱さないようにそれとなく誘導している節もありそうだった。
(別に、気にしなくていいと思うんだけどな、俺は)
本人もよく自分は計算高いと言っていることもあるが、今日は特に時間内に終わらせようとする気が満々に見える。
とはいえ、そういったところに内心自己嫌悪感を抱いているのは知っているので、そこらへんは元気づけて上げたほうがいいのだろう。
「お化け屋敷の道具係ってなにすればいいんだろうね?」
「壁作りとかじゃない?」
そして、決まったお化け屋敷という出し物のうち、自分の割り当てられた道具係。
衣装係は別にいるので、それ以外の物を作ればいいのかと、頭で算段を立てていく。
(今日は、早く帰れって言われてるしな)
普段、こういったことに口を出すことはあまりしないが、それでも今日は時間内に終わらせた方が面倒がないだろう。
それとなく方向性を決めるため、自分なりに思いつく材料を会話の中に放り込むことにする。
「当日のお化け役に当てれる人数決めて貰って、それに合わせてルート決めるのはどうだろう?どこを驚かせポイントにするのか曖昧だと作りづらいよな」
「あっ、確かに!それいいかも」
「うん。その方がよさそう」
何がしたいかから始めると収拾がつかなくなりそうなので、とりあえず現実的なところから決めていく。
人員の数、教室というスペース内でのルート決め、必要な材料の見積もりと予算。
今日はまだ初日なので今後どういった流れがあるかを共有する程度でいいだろう。
(要は、シミュレーション系とかRPGのゲームと同じだよな?)
もしくは、プラモデルとかだろうか。
目指す形とそれに必要な工程や材料。
それさえ明確ならだいたいのことは上手くいくと、何となく思っている。
まぁ、それ通りに人が動いてくれるかっていうのはまた別の問題なのだろうが。
「とりあえず、何話し合うことが必要か紙にまとめてみるか。俺、書いとかないとすぐ忘れちゃうし」
「あははっ。その気持ちわかる」
「こうゆうのって、その場の雰囲気だけで終わっちゃうよなー」
だいたいこんな感じか、と温まった場に少しずつフェードアウトしていく。
仕切って、全部任せられちゃたまったものじゃないし、そうなれば透との時間も少なくなってしまうだろう。
(まぁ、ほどほどにな)
文化祭も嫌いじゃないし、手伝うべきところはちゃんと手伝う。
でも、俺にとっての比重はやっぱり透の方に傾いていて、他の大事なものと同じようにブレることは絶対になさそうだった。
◆◆◆◆◆
時計を見れば時間まで残り五分程度。
あまり知らない面子が多いにしては、それなりに上手くいっただろうという仕上がりに少しだけホッとする。
(とりあえず今日は、残って話すなんてことにはならなそうだ)
先に帰って輪をかき乱すのは本末転倒になるので、そうならなくて本当によかった。
チラリと教室の前の方を見ると、こちらの雰囲気をおおよそ掴めているのか、とても機嫌の良さそうな透が鼻歌でも歌いだしそうな笑顔で視線を向けているのがわかった。
(…………いつから見てたんだ?)
そうは思うも、まぁ、どちらでもいいことかと考えるのをやめる。
そして、そのまま終わりまでぼーっとしとくかと思い始めていたその時。
ちょうど目の前に座っていた女子が何かに気づいたような顔をしてこちらに話しかけてくる。
「あっ、氷室君ってもしかして彼女さんいる感じ?」
「………………いるけど。なんでわかったの?」
ほぼ話すのは初めてで、名前を思い出すのも少し時間がかかるほどだ。
一瞬、ドキリとするもそれ以上に疑問に思い問い返す。
「え?だってそれ、最近有名のやつじゃん」
「それ?……ああ、このストラップのこと?」
ポケットからはみ出ていたスマホのストラップ。
よくわからないながらも、透に付けられたそれは、どうやら何か意味があるものだったらしい。
「あれ?もしかして、知らなかった?」
「うん。どういうものなんだ?」
「あははっ、ウケる。浮気防止みたいなやつかな。もしかして、意外に気が多いタイプとか?」
からかい混じりの疑いの笑顔。
完全に冤罪だと伝えるため両手をあげて、言葉を返した。
「いや?漂白剤さんも顔真っ青にするくらいの清い身だぞ?」
「あはははっ。青なのか白なのかわからないね、それ」
折り畳まれた翼のストラップは、別に気にならない程度のデザインだったのでそのままにしていたが、そんな意味があったとは驚きだ。
だからといって、外したいとも特に思わないので現状維持になると思うが。
「まぁ、浮気防止というか、泥棒猫除けみたいな意味もあるから、そっちかもね」
「泥棒猫って…………過激な表現だな」
「ふふっ。愛されてるって証拠だよね〜」
「……下川さんは、彼氏いるの?」
「え?私?ううん、いないよ。だから、羨ましいなぁって」
名前があっていてよかったと思いながら、そのまま会話を続けていると、どうやらちょうど授業も終わりを迎えたらしい。
チャイムが鳴り響き、それぞれが荷物を片付けて席へと戻っていく。
「じゃあ、また来週」
「あははっ。来週って……一応クラスメイトだから明日も会うでしょ?」
「そういえばそうだな。じゃあ、また明日」
「うん。また、明日」
そして、俺も戻るかと立ち上がろうとしたその時、なんだか強い視線を感じてそちらを向く。
(…………あれ?)
その先にいた透は相変わらずの笑顔で、何も変わった様子はない。
でも、なんとなく……いや、確実に。
機嫌が悪くなっているのが伝わってきて。
「……勘弁してくれ」
俺はまたもや両手をあげると、この後のことを思ってため息を吐いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます