第105話 見せない変化

 

 いつもよりも早い時間に登校し、教室に入ると、既に透は席についており、クラスメイトと何かしら話をしているようだった。


(………………あんまり、心配はいらなかったみたいだな)


 その表情に、無理をしている様子はない。

 そう思いながら机に座り、中に手を入れると、メッセージで来ていた通り弁当箱らしきものが入っているのがわかった。


(別に、ここまでしなくてもいいと思うんだが)


 前からほとんど始発くらいの時間に乗っていたので問題ないと言う透に対して、そこまではしなくていいとは伝えたものの、結局透は誰もいない時間に教室に入ってこの弁当を入れてくれることにしたらしい。


(…………一度会ったらタガが外れる、か。まぁ、そうしたいなら、それでもいいんだけどさ) 


 どこかで待ち合わせをしてとか、連絡を取り合って校舎の人の少ないところでとか、いろいろあっただろうに、ある意味透らしい徹底具合ともいえるだろう。 

 


「あれ?誠じゃん。どうした?今日早くね」


 

 そして、そんなようなことを考えていた時にかけられた声。

 その不思議そうな顔に、確かにそう思うのも無理はないかと自分でも思う。 



「ああ、隆か。まぁ、週明けと週終わりくらいは頑張ろうと思ってな」



 相当なことがなければ、大体決められた時間――自分のペースを崩すことはしてこなかった。

 特に、朝はあまり人とも話したくないこともあって、十分前というのがほぼほぼお決まりで、それこそ校外学習とか特別な時以外はこんな時間に登校したことはなかっただろう。



「おいおい。だったら毎日頑張れよ」


「そりゃ、できない相談だ。俺は自分を甘やかすのが主義だからさ」


「ははっ。なんだよ、それ。変なやつだな」


「まぁ、夏休み明けはニュー誠になったとでも思っておいてくれ」


「はいはい。てかさ――」


 

 そこから怒涛のように始まる会話。

 相変わらず元気なやつだと思いながら、話半分にそれを聞いていると、ふと視線を感じる。


(……あっちも、似たようなもんか)


 そこには、早希と同じように日焼けした小麦色の肌に、ちょっと色抜き過ぎじゃないかと思える明るい髪。

 一見正反対に思えるほど違う桐谷さんに話しかけられているらしい透が、仕方ないなとでもいうように笑いながら、こちらを見ていた。

 

 

「おい、誠。ちゃんと聞いてんのか?」


「……ん?ああ。世界平和がどうとかだろ?」


「してねぇよ!そんな話っ!」



 一瞬だけ交差した二人の視線。

 傍から見れば偶然の、でも、俺達からすれば必然のそれに、少しだけ嬉しくなる。

 


「悪かったよ。もう一回話してくれ」


「…………しゃーねぇなぁ」



 だったら、今は、これでいい。 

 話すだけが、近くにいるだけが繋がりではないのだ。

 二人の間にある絆ともいえるものは、たとえ、離れた場所に居ても、ちゃんと息づいている。


(俺達の普通は、俺達で決めるものだ)

 

 そして俺は、隆の会話を今度はちゃんと聞いてやるかと、耳を傾け始めることにした。 











◆◆◆◆◆








 

 昼休みの時間。

 長期休暇明けということもあり、それぞれが若干思い出しながら場所を取り出すと、仲のいいグループで集まって昼食を食べ始める。 



「そういや、聞いたか?三組の本田が女子と歩いてたって話」


 

 会話の方にも聞き耳を立てつつ、弁当を開けると、最初に抱いた印象は、『思ったより、普通』というものだった。


(…………また、ハートかと思ってたけど)


 最近では、母さんがいても、そういった形のものを作り始めるくらいだ。

 愛妻弁当期待しててという意味深な言葉もあったので少しだけ恐れてはいたものの、さすがに学校では無しにするようだった。



「……………………ん?」


「どうした?」


「あ、いや。何でもない」



 しかし、そう思ったのも束の間。

 並べられたおかずに何となく違和感を感じた。 

 

(……あー、なるほど。そういうことか)


 よく見てみると、卵焼きも、ウインナーも斜め切りで。

 しかも、互い違いになるように二セット並べられている。

 

(隠れなんたらってやつか?)


 パズルのように組み合わせると、確かにハートだ。

 そして、おにぎりの方も、海苔の張られた底部分。

 その見えなくなっている部分だけがごく僅かに凹んでいる。


(頭がいいのか、そうじゃないのか)


 子どものいたずらのようなそれは、少々判断が付きかねるところだ。

 まぁ、そうであっても、後で褒めて上げなければきっと拗ねるのだろうなと苦笑してしまう。



「…………………………いただきます」



 そう言いながら、ありがとうとだけ送ったメッセージ。

 それに返ってきたのは、やっぱり、ハートだった。













  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る