第96話 蓮見 透 逢瀬④

 バスに揺られながら、まるで巻き戻しのように元来た道を家に向かう。

 でも、それは全く退屈なんかじゃなくて、むしろずっと続いて欲しいと思えるような幸せな時間だった。



「来るときね。編み物でもしようかなって考えてたんだ」


「へー。何作るんだ?」


「誠君の帽子と、マフラーと、セーターと、手袋と……」


「待った。下着までとか言わないよな?」


「…………誠君が欲しいって言うなら、作ってもいいよ?」



 さすがに、そこまでは考えていなかったものの、思わず想像してしまい顔の火照りが増していく。

 

 別に、変なことは考えていない。

 でも、ほとんど女性としか関わってこなかった上に、父親もいない私にとっては少し刺激的に過ぎたのか恥ずかしさを抑えることができなかった。

  

(……なんでだろう。抱き着くのとかは、平気なのにな) 


 ふと湧き上がった疑問。

 もしかしたら、それは異性よりも父性というものを強く感じているからなのかもしれない。

 誠君自身も、私が川や海でいたずらをした時以外にそういった目を向けてくることはほどんどなかったし。

 

 

「いや、下着まではいいや。というか、一つだけでいいよ。たくさんは大変だろ」


「別に、そんなに大変じゃないよ?」


「いいんだ。俺が、何となく嫌なだけさ」


「ふふっ。誠君らしいね」

 

「そうか?自分じゃよくわからないが」



 心を見なくてもわかる。

 これは、いらないという本音を隠すための綺麗に取り繕った言葉では無く、純粋に私のことを考えてくれているからこそ出てきた言葉だ。

 

 それに、こういった時に口にする主体はあくまで自分。

 私が少しでも責任という名の荷物を持とうとすると絶対にそう言ってきてくれる。


(……こうやって、たくさん見つけていきたいな)


 他の誰も知らないこと、私だけが知っていること、それを増やしていきたい。 

 そして、一緒にいて一番居心地がいいのは私だと、想って貰うのだ。

 優しい彼を、自分の重たい愛で無理やり縛りつけるなんてことは、したくないから。


 

「そういえば、途中でお昼ご飯の材料でも買ってこうか?」


「そうだな。というか、何か家でしたいことあるか?」


「んー、特にはないかな。一緒にいられれば、それでいい」


「…………一応デートの予定だったしな。なんか、映画でも借りてくか」


「あ、それいいかも。うちのテレビ、確か再生機能付いてるやつだし」


 

 誠君なりに今日という日を大事にしてくれているのだろう。

 少し考えこんでいたようだった彼が出した提案に、私も同意する。

 

(なんか、おうちデートって感じだよね)


 一緒にご飯を食べて、映画を見る。

 悪くない…………いや、とてもいい。

 

 想像するだけで、もう今から楽しさがこみ上げてくるようだった。

 


「じゃあ、決まりだな。とりあえず、ここら辺の店はあんま知らないから場所は任せるよ」


「うん、ガイドさんは任せて。なんなら、旗でも振って歩こうか?」 


「もしやるなら、お子様ランチくらいの目立たない旗にしてくれよ」


「ふふっ、残念。みんなにデートを見せつけてあげたかったのに」


「学校のやつにはあんま見られたくないんんだろ?それはいいのか?」


「それは大丈夫。私、けっこー人の視線には敏感なんだ。きっと、バレるより先に逃げられるよ」


「……そっか」



 事実、周りの視線を気にしながらずっと生活してきたので、その方面に関してはかなりの自信がある。

 それに、一応帽子も被っているし、メイクも普段とは違う印象を与えるようなものにしているので、遠目から判断するのは容易ではないだろう。


 しかし、どうやら誠君は私のことを心配してくれているようだ。

 恐らくそれは、学校の人に知られてしまうということに対して向けられたものではない。

 きっと、視線を気にして生きてきたという過去を慮ってくれているのだと、なんとなくわかった。

 


「心配しないで。今は、そのことに感謝してるくらいなんだから」


「……なら、いいんだけどさ」


「ほら、今はそんなこといいから楽しもうよ。せっかくのデートだもん」



 悲しませたいわけじゃない、心配させたいわけじゃない。

 だから、心臓の音が伝わるように体をさらに近づけていく。


 もう私は、大丈夫。

 だって、こんなにも楽しくて、こんなにも嬉しくて、今はもう破裂してしまいそうなほどに胸が高鳴っているのだから。



「……………………そうだな」

 

 

 お互いの温度が触れ合った部分を通して伝わっていく。

 ただ無言で、ゆっくりと。


 そして、誠君はしばらくしてからそれだけを言うと、そっと私を抱き寄せて、鼓動の音を聞かせてくれた。 


 まるで、俺も一緒だとでも伝えるように。


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