-断章- 明けの明星

 中学生の頃、少しだけ仲が良くなった男の子がいた。



「え?蓮見さん、大丈夫?保健室連れていこうか?」≪顔、真っ青だ≫


「…………大丈夫。気にしないで」


「……誰か、女の子呼んでくるからじっとしててよ」≪確か、東堂さんと仲良かったよな≫


「……………………ありがとう」



 多少の緊張はあれど、彼はとても優しくて、下心無しに接してくれた。

 それに、読書が趣味だったから、私とも話が合って、毎日ちょっとだけ話すようになっていったのだ。



「個人的には、『山椒魚』はとても好きだけどね」


「そうなんだ。確かに、独特な雰囲気でいい作品だよね」


「そうそう。最初はぜんぜん良さが分からなかったんだけど、何度か読んでみるとじわじわときちゃってさ」

 


 だから、私も彼に歩み寄った。

 相手が、心の内側を見せてくれるなら、自分もそうした方がいいだろうと思って。



「蓮見さんって、ほんと何でもできるよね」≪すごいなぁ。僕とは大違いだ≫


「そうでもないよ。人前で話すとかはあんまり得意じゃないから」



 でも、それは次第に風向きを変えて、彼の中に変化を生んでいってしまった。

 憧れは劣等感に、優しさは弱さとなって沈殿していく。

 


「あー、うん。僕も、その本嫌いじゃないよ」≪よくわからなかったけど。もしかしたら、僕のわからない良さがあるのかな≫


「……………………そう、なんだ」



 恐らくその原因の中心にあるのは、私への好意なんだと思う。

 そして、好意が大きくなるにつれて、些細な隠し事や見栄が垣間見えるようになって、やがて私は、彼との会話をだんだんと避けるようになっていった。



「そう言えば、来月の夏祭りは行くの?」≪空いてるようなら、誘ってもいいのかな?≫


「…………行かないかな。ちょうど、用事があるんだ」


「……そっか。はは、じゃあ、僕と同じだね」≪残念だなぁ。けど、最近は色々と忙しいみたいだし仕方ないか≫



 彼は悪くない。悪いのは、いつも私だ。

 勝手に期待して、勝手に失望して、傷つける。


 だから、距離を置いた。もう、これ以上はお互いのためにならないと思ったから。


 






◆◆◆◆◆






 

 中には、優しい人もいたけれど、同じ失敗を繰り返してはいけないと、仲良くなることをできる限り避けてきたつもりだった。


 でも、どうしてだろう。

 今回は近づいてみたいと思ったのだ。


 もしかしたら、これまでとはあまりにも違うそれに興味を惹かれてしまっただけなのかもしれない。



 緊張も高揚も不安も、何も映さない凪のような静けさ。

 眩しいほどに煌めく真っ直ぐな優しさ。

 そして、芯の強さだけじゃない、人の気持ちに寄り添える心の在り方。


 

 似たような人はいた、穏やかな人も、優しい人も、強い人も。

 だけど、そのどれとも違うのだ。

  

 この十五年間、見続けてきたどの心とも。

 


(もしかしたら、勘違いかもしれない。でも、もしも、そうでないのなら)

 


 だから、私は歩み寄ることにした。

 最大限の勇気と、淡い期待を胸の内に抱きながら。

 

 

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