第4話 氷室 誠 一章②【改】

「ふぁあ…………さすがに、やり過ぎたか」


 翌日、ほぼ寝ていないこともあり、凄まじい眠気を我慢しながら登校する。

 

(新しい組み合わせ発見しちゃうとほんと、止め時なくなるよなぁ)


 理由は、ゲームをしていたからという本当に自己責任極まりないものなので仕方ないが、それでも後悔はしていない。

 それこそ、今日帰ってからやろうとすれば、あの閃きに出会うことはきっとなかったのだろうと何となく思っている。


(確か、右手武器の補正値はレベルを上げるごとにコンマ一.五で――)

 

 些細な一期一会。

 でも、毎日はそんなことの連続で、今日しか、もっと言えば今しかできないなんてことはたくさんある。

 


「あー、無理だ。頭、回んねぇ………………こりゃ、一限は寝て過ごすかな」


 

 そして俺は、睡眠をとることに決めた。

 きっと、大人が聞けば、怒られたり、呆れられたりするような考えなのかもしれない。

 もしかしたら、自分に甘いだの、わかってないだのと言うのかもしれない。

  

 だけど、他人がどう思おうが正直関係がないのだ。

 その時の自分に問いかけて、自分のしたいことがなにかと問いかけ続ける。


 まだまだ進んできた距離は短かかったとしても、俺はずっと、人生をそうやって歩んできたから。



「…………こういう時は、なるべく、目立たない席のがよかったんだけどな」



 本当であれば、自分の平凡な見た目、かつ、一番後ろという組み合わせはバレずに睡眠を取るには最適だろう。

 しかし、今は隣に蓮見さんがいる。

 何もしていなくても、人の目を集めてしまうような彼女が。


(まぁ、本人が悪いわけではないし、仕方ないんだけどさ)


 したくてしていることではないのは理解している。

 別に、目立ちたいと思っているようなタイプでは無いことも。

 

 なら、文句を言うのはあまりにも可哀想だ。

 これからはそれを踏まえて対応していけばいいだけなのだし。


(…………ある意味、彼女も被害者みたいなもんだしな)


 俺は、一度頭を振って意識を引き戻すと、どうしたらバレずに眠れるのかを考えていった。















 

 入学して二ヶ月ほどが過ぎ、ようやく見慣れてきたクラスの扉を開けると、自分の席に向かう。


(十分くらいは寝れるか?)


 チラリと時計に視線を向けつつ鞄から荷物を取り出す。

 そして、ちょうど席につこうとしたタイミングで入り口付近から恒例のざわめきが聞こえてきた。


(ほんと、毎日大変だな)


 ただでさえ遅い俺よりも遅い彼女は、いつもだいたいこの時間に登校してくる。

 もしかしたら、色々な人に呼び止められていることも関係しているのかもしれない。


(まっ、挨拶だけしたら、とりあえず少し寝るか)


 ぼーっとした頭が考えることを拒否し、大きな欠伸を一つする。

 そのまま、すぐに寝れる様な姿勢に体を動かしつつ、礼儀としての一言をかけようとした時、珍しく彼女の方から声がかかり、不思議に思った。



「おはよう、氷室君。今日は、いつも以上に眠そうだね」


「え、ああ。おはよう、蓮見さん。ご指摘の通り凄く眠い」

  

 

 何か、機嫌が良くなることでもあったのかもしれない。

 とはいえ、体ごと動かすのも面倒くさいので顔だけ向けて挨拶をすると、これまた珍しく彼女と目が合った。


(なんだ?いつもは、こっちを見てくることも無いのに)


 それに、声すらも、普段の冷たい無機質なものとは違って、どこか柔らかさを感じる。

 どうやら、本当に、今日の蓮見さんは様子がおかしいらしい。

 


「…………昨日は、本当にありがとう。手伝ってくれて」



 しかし、僅かに伏せられた目とともに伝えられたその言葉に、頭の中から抜け落ちかけていたことを思い出し、納得する。


(そっか。そういえば、昨日)


 ゲームの方に集中し過ぎたことと、眠気のせいで完全に忘れかけていた。

 さすがに、まだボケ始めてはいないとは信じたいけれど。

 


「あー、いや。気にしないでくれ。別に大したことじゃない」



 別に、昨日に重ねて礼を言われる様な事じゃない。

 本当に、荷物を持っただけなのだ。

 しかも、放っておいたら自分の気分が悪いという理由が一番大きく、もし何か返されたとしたら困ってしまう。



「…………それでもだよ。私がどうしてもお礼を言いたかっただけだから」



 責任感もあるし、きっと律義な性格なのだろう。

 そういうところは、個人的には好感が持てるし、また何かあったら手伝ってあげるのもいいと思わされる。



「それなら、どういたしまして。また手伝えることがあったら言ってくれ。暇なら手伝うから」


「…………暇ならなの?」


「え?そりゃ、当然だろ?だって俺達、そんな仲良くないじゃん」


 

 別に、そこまで仲が良いわけでもない相手に自分の都合を曲げてまで手伝おうとは思わない。

 家族や友人、それと比較すれば言うまでもないし、例えば予約した新作ゲームの発売日だったとしても、少し悩むかもしれない。


(昨日だって、大変そうじゃなきゃたぶん声かけなかったと思うし)


 聖人気取りなわけではないのだ。

 むしろ、かなり自分勝手な性格だと俺は思っている。 

 


「あははっ。うんっ!普通はそうだよね」


「あ、ああ」

 

 

 何がそれほど楽しいのかわからないが、蓮見さんは楽し気な声で笑っている。

 たまによくわからない反応をすることを思えば、もしかしたら、ちょっと変わった性格なのかもしれない。



「………………まぁ、いいか」



 冷たい無表情よりも、笑った顔をしていられる方がきっといい。

 俺は、そんなことを考えながら、呆れ笑いを彼女に返した。


 








◆◆◆◆◆









 やがて、最初の授業が始まると、俺は少しずつ眠るための準備を始めていった。


 相手から見えづらい様に若干左に机を寄せつつ、前の女子の背に被る様にして俯く。

 そして、透明なセロテープを机から取り出すと、誤ってシャーペンを落としてしまわないように簡単に腕を固定した。


(これで、よしっと……板書タイプはバレにくくて助かるよな)


 ある程度の教師の傾向は既に把握してある。

 板書タイプ、板書+当てるタイプ、徘徊タイプなど本当に色々ある中でも、今日のそれは一番やりやすい相手だろう。

 

(結局、テストで点さえとってれば母さんも特には言ってこないしな)


 要は自己責任なのだと、俺はそう心の中で唱えつつ、ゆっくりと眠りに沈んでいった。













 

 目を覚ますと、どうやら思ったよりも深く寝入ってしまっていたらしい。

 体は完全に凝り固まってしまっており、少し痛い。


 それに、ほんのちょっとだけ涎が口から出かけていて、危ないところだった。


(…………自分で持ってきたら、リクライニングチェア可とかにしてくれないかな)


 起き抜けの回らない頭でアホみたいなことを考えつつ、時計に目をやると授業終了までおよそ十分を切るところだった。


(おっ、すごいな。ある意味、理想的だ)


 途中で目が覚めてしまうと辛いし、逆に鳴るまで眠っているとバレてしまう可能性もある。

 そして、不思議な満足感に気分が上がり、思わずガッツポーズと取っていた時、隣から笑いを堪えるような声が聞こえてきてそちらを振り向く。


 

 

 


 どうやら、蓮見さんはお腹を押さえながら、声を出すのを我慢しているらしい。

 

 そんなに寝顔が面白かったのだろうか。

 しばらく、プルプルと震えていた彼女は、やがてそれが収まるとノートの切れ端をこちらに渡してきた。


 

≪とても気持ちよさそうに寝てたね≫



 いつから見ていたのかはわからない。

 かなりわかりづらいようにできていたとは思うが、さすがに、隣の席ともなれば眠っていることに気づくのも無理はないのかもしれない。



≪次からは寝顔拝見料を取らしてもらうよ≫


≪じゃあ、次からは見るのはやめて先生に言うことにするよ≫



 冗談なのだろうが、それをされたら大変困る。

 普通に考えても面倒くさいことになるし、それに、蓮見さんが言えば余計に男性教師達は張り切ってしまうだろう。

 最悪、説教のサンドバック状態になってもおかしくはないはずだ。

 


≪嘘です。むしろ、ずっと拝んでいてください≫



 プライドなんてものはない。

 腹を見せた犬の絵の横に土下座した棒人間を描いて見せると、再び相手が笑い声を押し殺しているのが伝わってくる。


(…………こんな、顔もできるんだな)


 彼女は、女子と話している時でもいつも愛想笑いばかり浮かべているような気がしていたから、その顔は少し新鮮だった。

 


≪氷室君って、面白いんだね。失礼かもしれないけど、ちょっと、意外だった。≫

  

≪そりゃよかったよ。それに、別に気にしなくていい。俺も、蓮見さんはロボットくらいに冷たいやつだと思ってたし≫

 

≪それな風に見えてたんだ≫


≪あくまで、個人的な意見だけどな。いまいち、本音が分からん。なんか、演じてるとか、被ってるとか、そんなイメージ≫


 

 別に、これで関係が断たれたとしても構わない。

 そう思いながら書いた俺の心からの気持ち。

 

 あまりにもぶしつけな物言いに、しかし彼女はまるで怒ってはいないらしい。

 いや、それどころか、どこか嬉しそうに、俺が書いた紙をキュッと握りしめているのが見える。


(ほんと、何考えてるんだろうな)




 そして、再び何かを書き始めようとしたした蓮見さんがペンを紙に押し付けたとき、ちょうどチャイムの音が鳴り響く。

 ただの暇つぶしだったはずのそれ、でも彼女の顔はとても寂しそうで、なんだか放っておくのが可哀想に思えた。

  

(…………告げ口しないでもらえるよう、もう少し仲良くなっといてもいいよな)


 授業の終了の挨拶の後。

 なんとなく、自分に言い聞かせるように理由をつけると、俺は伸びをしながら、再び蓮見さんの方へと顔を向けた。



「これからも内緒で頼むよ。ちょっとあれだけど、このチロルチョコやるから」



 とりあえず、先月友達と買ったチロルチョコが鞄に入っていることに気づいたので賄賂としてそれを差し出す。

 もしかしたら、話のネタというよりも、廃棄物処理という意味のが強いかもしれないけど。

 


「…………これって、ただ自分が開けるのが億劫になっただけじゃないの?」


 

 話しかけた瞬間、ビクッと肩を揺らした蓮見さんは、やがて嬉しそうな表情で顔をあげた後、それを手に取る。

 しかし、その何とも言えない溶けかけの感触に気づいたのだろう。

 ジト目でこちらを睨みつけながら、そう言ってきた。



「バレたか。でも、蕩けるチョコってなんか美味しそうに聞こえないか?」


「……………………協力する気なくなっちゃうなぁ」

 

「わかったわかった。また何かしらのチロルを買ってくればいいんだろ?」


「別に、チロル以外でもいいんだよ?」


「他のは高いから無理」



 いろいろと趣味のある俺にとっては、小遣いはどれだけあっても足りないのだ。

 正直、チロルで勘弁してもらう他ない。

 たとえ、そんな安っぽいものを彼女に渡すような奴がこれまでいなかったのだとしても。


 

「あははっ。わかった、それで手を打とうか」


「あり難き幸せ。じゃあ、俺はトイレにでも行ってくるよ」



 蓮見さんがあげた楽しそうな笑い声が響いたからだろう。

 遠巻きに視線が集まりつつあるのが分かって、場所を開ける意味でもその場を離れる。

 別に話したくないわけではない、でも、彼女に話しかけたい人が多いのは知っているから。


(きっと、その中の一つくらいは、蓮見さんにとっても楽しい会話になるだろ)


 そうなれば、いや、そうであって欲しい。

 俺は、彼女が浮かべていた寂しそうな顔をふと思い出しながら、そんなことを思った。

 




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