第65話 熱とかき氷
屋台の暖かな光に包まれながら、出店の開いている場所に近づいていくとカップル、子連れの親子、友達同士のグループなどたくさんの人の声が周りから聞こえてくる。
「それにしても、すごい数の屋台だな。いろいろ種類もあるし」
「そうだね」
目の前には多種多様な屋台が所狭しと並んでいる。
チョコバナナ、かき氷、綿菓子から輪投げ、射的、金魚すくい、紐くじとなんでもござれといったような様相で、逆にどこから行こうか迷うほどだった。
「「どこ行きたい?」」
同時に尋ねた声が偶然重なり、キョトンとした顔でお互い見つめ合う。
目をぱちくりとさせている透の顔が少し面白かった。
「「あははっ」」
響く二人の笑い声、透の楽しそうな笑顔にこちらまで嬉しくなる。
「じゃあ、順番に回っていくか」
「うん!」
何気ない会話がこれ以上無いほどに楽しい。ずっとこうしていたいと思うほどに。
だが、先ほどの笑い声が思った以上に大きかったからか意外と周囲の注目を集めてしまっていたらしい。
俺達、特に透の方にそれが集まり、話している声の一部がこちらまで聞こえてきた。
「おい、あの子可愛すぎだろ!」
「おっ、ほんとだ。すげぇ可愛い!」
多くの視線が集まる中、俺達と同じ年代くらいの男同士のグループからとりわけ強いものが感じられ、透の方を指さしながら少し興奮気味の大きな声がこちらの耳まで届く。
「いっぺん話しかけてみるか」
「あーいや、ほら男連れだぜ」
「マジか。まぁ、人も多いし違う子探すか」
「ああ。そうしようぜ」
学校で同じようなことを何度も聞いてきたし、実際に声をかけられている透を見たこともある。
当然、その時はここまで仲が良かったわけでは無かったし、別に面倒そうだなと思うだけで他に何かを思うことも無かった。
「誠君?どうしたの?」
不思議そうな顔をした透がこちらを見上げてくる。
どうやら、彼らの声はそこまで大きなものでは無かったらしく彼女には聞こえていなかったようだ。
「……いや、気にしないでくれ」
「そう?」
本当に人の耳とやらはよくできているなと改めて思う。
恐らく、さっきの声が聞こえたのは、俺自身がそれに対して強い関心を持っていたからなのだろう。
「本当に、大丈夫だから。ほら、お面が売ってるぞ」
「あははっ、お面は別に欲しくないってば。そんな子供じゃないんだし」
「そっか、そうだよな。ごめん」
「ふふっ、変な誠君」
それで顔を隠せとでもいうのだろうか。
少し息を吐いてバカな考えを振り払った後、今までよりも少しだけ強く透の柔らかな手を握った。
「熱に浮かされたってことにしておいてくれ」
「まぁ、確かに暑いよね。かき氷でも買おっか」
「それいいな」
「よし決まり。ほら、あそこ並ぼ!」
俺の腕を引く透の後頭部を眺めながら、何となく思う。
たぶん、俺は透に対して自分勝手な独占欲というものを持ち始めているのだろう。
だって、整った容姿の彼女に集まる、多くの熱を帯びた視線にすら胸が騒めいてしまうのだから。
「…………前みたいに言えなくなるかもしれないな」
「何か言った?」
「いや、なんでもない」
「そう?」
「ああ」
正直、今まで家族にすら思ったことの無かった感情を持て余す。
『やりたいことをすればいい』
気づいてしまった独占欲に、そんな簡単な言葉でさえも前みたいに言ってあげられなくなるのではとすら思った。
「誠君は何の味にするの?」
「……気分は、青かな」
「ふふっ、青って。ブルーハワイのことでしょ?」
「そうともいう」
「あははっ!そうとしか言わないよ」
こんな些細なことなのに、透は本当に楽しそうだ。
当然、彼女にはずっと笑っていて欲しいし、彼女のしたいことを最優先したいという気持ちも変わってはいない。
それこそ、縛り付けることなんてもってのほかだと思っている。
だけど、それでも、俺はまだまだ子供で、未熟で、自分自身の感情すらコントロールすることはできなさそうだ。
「透は、どれにするんだ?」
「私は、イチゴかなぁ。それと、一口ブルーハワイ貰ってもいい?」
「全然いいぞ。一口がどれくらいの大きさかによるけど」
「そんなに食いしん坊じゃないもん!」
「ははっ、冗談だ」
「うー、誠君のいじわる」
膨れっ面すらも可愛いと思ってしまう俺は、たぶん、相当熱に浮かされているのだろう。
そして、その中で生まれた初めての感情に正直自分が追いつけていないことは多い。
だけど、なんだかんだ答えは出ていくのだ。今までも、これからも。
「ごめんごめん。一口でも二口でも分けてあげるから許してくれ」
「…………ちゃんと、誠君が食べさせてね?」
「いや、それはさすがに恥ずかしくないか?」
「……………………」
「わかったから。そんなに睨むなって」
「やった!早く、順番来ないかな~」
急に上機嫌そうに鼻歌を歌いだす透に呆れ笑いが漏れる。
「ほんと、透には勝てないよ」
「怒った?」
「いや、別に気にしてないけど」
「えへへ。誠君ならそう言うと思った」
はにかむようにして笑った透は、そう言うと俺の肩に頭をそっと乗せてくる。
しかし、その重みは全然嫌な物なんかじゃなくて、むしろ不思議な安心感すら感じさせた。
「読まれてたか」
「ふふっ。私も誠君道にだいぶ精通してきたからね」
「ははっ。そんな分野があるのか?」
「うん。私専用の超レア分野。他の人は学んじゃいけないんだよ」
「なるほど、それは知らなかった。俺その本人のはずなのに」
アホみたいなことを言い合いながら、自分達の順番が来るのを待つ。
いろいろと、すべきことはある。
だけど、少なくとも今は、この時間を楽しもう。
透と一緒に過ごす高校一年生の夏。その二度と来ないこの時を。
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