第64話 これからも、よろしく
電車を乗り継いで会場へ向かう。
最初は俺達だけといってもいいほどだった車内は、途中大きな駅で乗り換えると入口から押し返されてしまうほどに混雑していた。
「すごい人だな」
「うん。ここらへんじゃ一番大きい花火大会だしね」
透と同じように女性のほとんどが浴衣姿なので目的地は一緒なのだろう。
俺が思っていた以上に大きなお祭りなのかもしれない。
「人混みは大丈夫か?」
壁際に透を立たせ、出来る限りそちらに圧力がかからないように体を踏ん張る。
しかし、揺れる度に人にぶつかるような車内では、元々人混みが苦手な透にとっては辛いかもしれないと思った。
「ふふっ。そんなに心配そうな顔しなくても大丈夫だよ」
「そうか?」
「うん。それに、私だけのナイト様が守ってくれてるからね」
そう言って逆に抱き着いてくる透に体が少し強張る。
視線を下に向けているとうなじがどうしても目に入ってしまうこともあり、斜め上を何となく見つつその言葉に答える。
「ナイトって柄じゃないと思うけどな」
「ふふふっ。じゃあ、ヒーローだね」
俺が照れているのが伝わったのだろう。楽し気な声が胸のあたりから聞こえてくる。
揶揄われているようだが、人混みは大丈夫なようなので安心した。
「余計似合わなくなってないか?」
「そんなことないよ。私にとってはずっとそうなの」
あまりにも真剣そうな声が気になって思わず下を見ると、潤んだような瞳が刺すような強い視線をこちらに向けている。
それは、透が本当にそう思ってくれていることが手に取るように伝わってくるようなもので、不相応なものではあると思いながらも、すごく嬉しかった。
それだけ、透の中で俺という存在が大きいということだと思ったから。
「……もっと、頑張るよ。少なくとも、透にだけはそう思い続けて貰えるように」
「…………うん。でも、無理はしないでね。それに私は、誠君にただ貰うだけの子になるのは絶対に嫌だから」
背に這わせられた手が痛くない程度に力強く握られる。
だけど、そんなことは絶対に無い。むしろ、一緒に入れるだけで俺は幸せなのだ。
貰い過ぎてしまうことはあっても、そうなることはあり得ない。
「俺は、もう十分過ぎるくらい貰ってるよ。だから、そんなことは気にしなくていい」
近しい人を大事にする姿に好感を覚えた。
すぐに拗ねたり、いたずら好きな子供っぽいところに、可愛らしさを感じた。
こちらの気持ちを察して、さり気なく労ってくれるところに、愛おしさを感じた。
本当に、知れば知るほど、彼女の魅力に気づかされる。
どれだけ知っても、もっと知りたいと思うほどに。
まるで幸せの底なし沼のようにどんどんと彼女にのめり込んでいってしまう。
「本当に、いつもありがとう。あんまり伝わってないかもしれないけど、言葉では言い表せないくらい、感謝してるんだ」
当然、すごい透と一緒にいることで自分の無力さや、未熟さ。見たくはないようなことに気づかされることも多い。
だけど、それはある意味成長できている証拠だろう。
一人では気づけなかったことを気づかせてくれた。
それは、俺達が共有した時間があるからこその結果であって、それすらも掛け替えのないものに感じられてしまう。
「俺は、透に会えて本当によかった。だから、これからも、よろしくな?」
ありふれた言葉に、これ以上無いほどの気持ちを乗せて伝える。
大きすぎる透に置いていかれないように努力し続けるという覚悟を、そして、彼女の中で一番になりたいという想いを込めて。
「…………………………本当に、誠君はズルいなぁ」
そして、しばらく黙っていた透が不意に動き出し、これ以上無いほどに抱き着いてきた。
「暑くないか?」
「暑いよ」
空調は効いているはずだが、周囲の熱気もあり汗が滲んでくる。
透は、暑いとは言いながらも全く離れる気は無いようでむしろさらに体を密着させてきているようだ。
「まぁ、いいか」
こうなった透は、自分が満足するまで離れることは無いだろうと諦める。
まるで一人の人であるかのような近すぎる距離。
だけど、減速し、先ほどまでよりも揺れる車内の中、二本ずつの足がそれぞれを支え合っていることがなんとなく俺には嬉しかった。
◆◆◆◆◆
電車の扉が開くと、暑いながらも新鮮な空気が外から流れ込んでくる。
「行こ!」
先ほどまで、くっついて離れなかった透が、駅に着くや否や俺の手を握って先導を始める。
「そんなに急いでも変わらないだろ。ほら、何から巡るか話しながらゆっくり行こう」
楽しそうにはしゃいでいる透には悪いが、人の流れに沿ってしか進めないのでそう言って宥める。
「うー。確かに、そうだよね。わかった」
久しぶりだから嬉しいのだろうか。いつも以上に子供っぽい表情をする透が可愛らしかった。
「けど、こんだけ人がいる祭りだと何でもありそうだな」
「うん。昔の記憶だけど、食べ物系は大体あるし、遊びも射的、輪投げ、金魚すくい、紐くじとかいろいろあったよ」
「なるほど。透はだいたいどれでもうまそうだよな」
「ふふっ。けっこー自信あるよ」
なんでも器用にこなす透は恐らく店主泣かせの実力だろう。
さすがに大人げなく遊ぶつもりは無いが、俺も祭りは久しぶりなのでそこそこ心惹かれるものがある。
「射的はちょっとやってみたいな。シューティングゲームとか好きだし」
「じゃあ、あったらやってみよっか。ふふっ、誠君の実力を見させてもらおう」
「あんまり期待しないでくれよ?いや、むしろ透のお手本を見たいくらいだ」
「そう?でもなー、私、間違えて誠君に当てちゃうかも」
そう言って透がニヤニヤとした顔でこちらを下から覗き込んでくるので、呆れたようなジト目を返す。
「銃は人に向けちゃいけません」
「でも、欲しい景品に向けるんでしょ?」
「……銃は人に向けちゃいけません」
「あははっ。照れてる」
直接的な言葉に照れていると、今まで以上に楽しそうな声が透の方から響く。
体温が上がり汗ばみつつある繋いだ手を、それでも俺達はどちらとも離さず繋ぎ続けていた。
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