第66話 彼の輪っか
かき氷を食べた後も、透はいろいろな店を見つけては、俺の腕を引っ張っていく。
イカ焼きに、クレープに、チョコバナナに、わたあめ。
たくさん食べたいからと言って全てを半分こしながら、俺達は祭りを楽しんでいた。
「あっ、輪投げやってるよ」
「ほんとだ。けど、けっこー年近いやつもやってるみたいだな」
小さい子供だけではなく同い年くらいの中高生が意外と多いことに気づく。
人の隙間から少し見てみると、最新の携帯ゲーム機やソフトなども奥の方に置かれていて確かに興味を惹かれるものも多かった。
「ふふっ。やりたそうだね」
「あー……こういうの好きだしな」
「じゃあ、やってこうか」
「ありがとう」
どうやら、顔に出ていたらしい。まるで手のかかる子供を見るような視線にちょっと気恥ずかしさを感じるが、やりたいものは仕方が無い。
順番を少し待つ間、二人で景品を見ながら話をする。
「何が欲しいの?」
「一番奥の右から三つ目のやつだな」
「あのゲームソフト?」
「そうそう。あれ、丁度買おうと思ってたとこなんだ」
「ふーん」
やはり、男女では惹かれるものは全く違うようで、透はあまり興味は無さげに気のない返事を返してきた。正直、それは母さんや早希もそうなので特に気にもならないが。
「透はこの中だと欲しいものはあるのか?」
「うーん、特に…………あっ」
「どうした?」
何かに気づいたように急に声をあげた透を不思議に思って問いかけると、彼女はニヤリと言った顔で笑っていた。
恐らく、いつものようにまた何かいたずらでも思いついたのだろう。
「はぁ、またなんか悪だくみしてるのか?」
「悪だくみなんてしたことないよ」
「じゃあ、いたずらだ」
「いたずらでもないってば」
「なら、なに?」
そう尋ねると、透は視界の先で投げられる輪っかと、景品の奥の方の列をチラリと見た後、何か算段をつけたかのように笑みを深めた。
「…………お互いに、相手の欲しいものを狙ってみない?」
「そりゃ、そうしたいなら、まぁいいけど。正直、さっき俺が言ったやつは取れないと思うぞ」
素っ頓狂な提案に戸惑いながらもそう伝える。
さすがにゲーム機ほど不可能ではないだろうが、ああいうのは客寄せ的な意味合いで置いてあるので早々とれるものではないはずだ。
「大丈夫。なんとなく、いける気がする」
「ほんとかよ?さすがというべきか、なんというか」
透がそういうとやれてしまいそうだから不思議だ。
すごいやつだとはわかっていたが、改めて本当に何でもできるんだなと感じさせられる。
「ちなみに、透はどれが欲しいんだ?」
「私はね、ほら、あの前から二列目の一番左のやつ」
「え?あんなのでいいのか?」
「うん。あれがいい」
「明らかに難易度が釣り合ってないんだけど」
「私は、あれがいいの」
「あ、ああ。わかった」
こちらがたじろぐほどの強い視線に思わず頷いてしまう。
一瞬気を遣ったのかもと思ったが、あからさま過ぎるし、本気で欲しそうな顔なので恐らく違うのだろう。
まぁ、透が欲しいのならそれでいい。何に対して価値を感じるかは人によって違うのだし。
「じゃあ、やるか」
「うん」
自分達の番となり、小銭を渡すと店主のおばちゃんがそれぞれ三つずつ輪っかを渡してくる。
そして、俺が若干ある輪っかのたわみを直しつつ横にいる透を盗み見ると、彼女は真剣な表情で射抜くような視線を景品に向けていて苦笑してしまった。
「なら、俺もちゃんとやらなきゃな」
きっと、透はあれを取るだろう。
何事にも真っ直ぐで、真剣で、やり過ぎてしまうくらいにすごくて。
何より、自分で言ったことはちゃんと守るやつだから。
◆◆◆◆◆
透が一投目で感覚を慣らし、二投目でそれを取ってしまった時は歓声が上がって大変だった。
まぁ、悲しそうに景品を渡してくる店主のおばちゃんは若干可哀想にも思えたが、そういう遊びなので勘弁してもらおう。
「本当に、こんなので良かったのか?」
「うん」
俺の手にはお小遣い一回分じゃ届かない新品のゲームソフトがある。
だがそれとは反対に、透の方は子供のお小遣いでも買えてしまいそうな安っぽいおもちゃの指輪が一つ。
金額だけでいえば明らかに釣り合っていないだろう。
「嘘じゃないよ。本当にこれが欲しかったの」
「そっか」
しばらく、月明かりに照らしてその鈍い輝きを楽しんでいた透は、幸せそうな笑顔をこちらに向けてくる。
「ふふっ。たぶん、一生の宝物になると思うな」
「…………そっか」
それを選んだ理由は、伝えたい意味は、今の俺ならさすがにわかる。
安っぽい指輪に込められた、この世の何よりも掛け替えのない想いを。
「それに、今はこれくらいがちょうどいいんだよ。焦らず、無理せず、一緒に行こ。ね?」
「……そうだな」
たぶん透は俺がいろいろなことに悩み始めていることを察しているのだろう。
心を読んだのかは知らない。ただでさえ鋭いやつだから、もしかしたら素で察しているのかもしれない。
「とりあえず、そろそろ船の方に向かおっか」
「ああ」
本当に、優しくて、それに、ズルいやつだ。
俺の心をこれでもかというくらいにかき乱して、どんどん虜(とりこ)にしていく。
そして、揺らがないと思っていた自分を曖昧にして、たくさん悩ませるのだ。
「透」
「なに?」
呼び止めた声に反応し、キョトンとした顔がこちらに向く。
「ありがとう」
実際のところ、昔の自分と、今の自分、どちらがいいのかはよくわからない。
だけど、少なくとも、俺は透に会えてよかったと心から思う。
「え?何が?」
「ははっ。全部に、かな」
「へ?何それ」
「なんだろうな」
「えー、意地悪してないで教えてよ」
この先俺は、たくさんのことに悩むだろうし、もしかしたらそれで苦しむかもしれない。
自分がどうすればいいのか、どうなればいいのか、見失うこともあるかもしれない。
それでも、これだけは絶対にブレないという自信があるものもある。
『ずっと、透のそばにいたい』
きっと、この想いだけは何があっても絶対に変わらないだろうから。
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