第63話 未完成な青春

 次の日、昼食を食べ少しした後、花火大会に向かうため準備を始める。



「ほら、これが爺さんのだ。定期的に状態は確認してるから問題は無いはずだよ」


「ありがとうございます」



 おばあさんに連れられ、例の物置の方へ向かうと、やはり浴衣は綺麗にしまわれていた。

 恐らく、これもまた何かしらの想いが込められた品なのだろう。



「少しの間、お借りします。出来るだけ丁重に使うので」



 見ただけで高級品なのはわかる。

 丁寧に縫製された、厚みのある深い紺色の生地、飾り気はほとんど無いが、それが逆に良さを際立たせているようにも見える。



「まぁ、好きにしな。最悪、あんたの物になるのもやぶさかじゃないしね」



 それは、以前ここでぶつけられた鋭いものとは違う、とても穏やかな眼差しで、確かな積み重ねを俺に感じさせた。



「………………頑張ります」



 透といると、どんどん欲が出てしまう。

 代わりがいても、いなくても一緒にいるつもりなのは変わらない。


 だけど、それは俺であって欲しい、俺でいたいと勝手ながらも強く思ってしまうのだ。

 


「あっはっは。だんだんと良い面構えになってきたじゃないか」



 愉快そうに笑っているおばあさんを見ていると、すごく嬉しい。

 彼女のことは人として尊敬しているし、それに透だけじゃない、透にとって大事な人にも幸せでいて欲しいと思うから余計にそう感じるのだろう。



「そう、でしょうか」

 

「ああ、前よりかは幾分かマシだ。少しは成長したみたいだね」


「これが成長なのかはわかりませんが。自分の答えははっきりとしてきました」


 

 こんなに自分が分からないことは無かった。

 

 こんなに悔しいことは無かった。

 こんなに嬉しいことは無かった。

 こんなに楽しいことは無かった。


 そして、こんなに愛おしいと思ったことは無かった。


 直感で分かるほど簡単な答えに、なぜ今まで気づかなかったのかと思うほどに、それは明確な形を持ち始めている。



「俺は、頑張ります。掴みたい未来がわかってきたので」


「そうかい。まっ、がんばんな」


「はい」


「ふぅ、子供の成長はやっぱり早いねぇ」



 しみじみとした口調で、そう言うおばあさんは僅かにではあるが、寂しそうに見える。

 それこそ、たまにではあるが、親父や母さんもこういった表情を浮かべることがある。

 

 早く成長したい俺と、それを見守る大人ではまた違うことを思うのかもしれない。



「……いつか安心してもらえるように、努力します」


 

 何となく生きてきた人生。何となくで生きてこれた人生。

 たぶんそれは、俺が手の届く範囲で満足していたからだと、今なら思う。


 だけど、それじゃダメなのだ。


 伸ばした手を千切れそうなほど広げても、透は俺には大き過ぎる。

 それを忘れてはいけない。透の好意に甘えてはいけない。俺も頑張らなくちゃいけない。



「………………………………ふっ、大したこともできないガキが何言ってんだい」


「はは、そうですね」


「……まぁ、子供は黙ってたって成長するもんだよ。小難しいことばっか考えてないで、とりあえず、今はこれを着こなすところから始めな」


「はい」


 

 体は、どんどん大きくなって、もう大人のものも十分着れるようになった。

 それでも、まだまだ足りないものがたくさんある。


 だから頑張ろう。そして、いつかきっと、合格点を貰いたいと、俺は思った。








◆◆◆◆◆





 

「お待たせ」



 浴衣に着替えた後、玄関に座って透を待っていると後ろから声がかかったので振り返る。

 

 

「どう、かな?変じゃない?」


「………………すごく綺麗だ。ずっと見てたくなるくらいに」



 淡い水色のシンプルな浴衣、結われた髪には主張の少ない控えめのかんざし。

 もしかしたら、今時の流行りとは全然違うし、お祭りっぽい派手さもないのかもしれない。

 

 だけど、それはこれ以上無いくらいに透に似合っていて、俺には彼女が世界で一番綺麗なんじゃないかとすら思えた。



「っ…………このまま、ずっと見ててもいいよ?」


「それは、いや、やめとく。ちゃんと行こう」


 

 一瞬、アホなことを考えてしまったことに我ながら呆れてしまう。

 恐らく、そんなことをしていれば、おばあさんにもどやされてしまうだろう。 



「ふふっ、残念。でも、もしかしたら私に見惚れて花火に集中できないかもね?」


 

 気づくと、下駄を履いた透が俺の手をするりと奪い取っており、自然と手を繋いだ状態で玄関を出る。


 揶揄い混じりに向けられた透の顔は僅かに朱に染まっていて、気分が高揚してるのが容易に伝わってきた。

 


「それならそれでもいいさ。透が楽しめれば俺には十分だ」



 もしかしたら、本当にそうなってしまうかもしれないと思うほどには、透の浴衣姿は魅力的だ。


 だけど、例えそうなったとしても、後悔は無いだろう。正直、透が楽しめるなら、それだけで行く甲斐はあるんだから。

 


「…………うぅ。誠君、ほんと、ズルい」


「え?ごめん」



 別に特に何かを考えての発言では無かったが、耳まで真っ赤にした透が上目遣いでこちらを睨んでくるので謝る。



「…………ふふっ。これは、もっと埋め合わせしてもらわなきゃね」



 コロコロと変わる表情。ジト目から、笑顔に、まるで踊るように移り変わっていく。



「そうだな。また、一緒に埋めていこうか」


「うん!」



 彼女の幸せを埋めていきたいという気持ちは当然ある。

 しかし、今の俺は考えてしまうのだ。


 いつまでも、埋まらないといいなって。


 変わりたい自分に、変えたい関係、だけどそれでも変わらない日常を願う。

 

 本当に、わがままなんだろうけど。そう思った。

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