芸能リポーター

一十木アルカ

芸能リポーター

 出発したタクシーを見送った天川壮太は、自分が乗るタクシーを止めるべく周囲を見渡した。すると一人の女性が、ズンズンとこちらに向かって歩いてきているではないか。


「『シグナリオス』のリーダー、天川壮太さんですね。私、週刊レーベの樋口美香と申します。いくつかお伺いしたいことがあるのですが」


 挨拶も無しに声をかけられ、天川は顔をしかめた。週刊レーベと言えば芸能人のスキャンダルを主に取り扱う、悪名高いゴシップ誌だ。


「天川さんがファンの女性と密会していると噂を聞きました。先ほどタクシーで見送った女性はそのファンの方でしょうか?」


 今はアイドルグループとして人気が上がっている最中。余計なことは書かれたくない。だがこういう時に限って、次のタクシーはなかなかやって来なかった。


「質問でしたら事務所を通してください」


 天川はため息交じりに言った。


「無理です。これ仕事じゃなくて個人的な質問なので」

「プライベートかよ!? さっき思いっきり所属言ってたじゃん!」

「『ファンなんです~♥』って言って近づいたらご迷惑かなと」

「むしろそっちの方がまだ嬉しいよ!」


 樋口はなるほどとつぶやきながら、手帳に「ファンとして近付いた方が喜ぶ」と書き込んだ。


「ではファンとしてお聞きしますが、なぜ私ではなく別のファンと密会を?」

「どうしてお前と密会しなきゃならないんだよ! 芸能リポーターならむしろ会いたくないわ!」

「そんな……リポーターになれば天川さんとお話しできる機会が増えると思ったのに……!」


 樋口はショックを隠し切れないという風に膝から崩れ落ちた。


「よくそんな動機でリポーターになれたな」


 露骨に呆れた表情と声色で天川が言った。


「これが私の推し活ですから……」

「だったら推しに迷惑かけるなよ!」


 そうしていると、ようやくタクシーがこちらに向かって走ってきた。こんなファンだかリポーターだか分からない奴からとっとと離れようと、天川は手を上げてタクシーを止めた。


「では俺はこれで」

「待ってください! まだ質問の答えを聞いてません!」

「リポーターとしての質問なら事務所を通してください。ファンとしての質問なら自重してください」


 言いながら天川はタクシーへと乗り込む。


「では私も失礼しますね」


 そのまま帰るのかと思いきや、樋口は自分の体をぐいとタクシーの中にねじ込んできた。


「いやなんでお前も乗り込んできてんの!? そこまで図々しいリポーター初めて見たよ!」

「西新宿までお願いします」

「お前が行先指定すんのかよ!?」


 タクシーはドアを自動で閉め、深夜の都内を走りだしていった。


「この状況で出発するんかい!?」

「でも天川さんの自宅、西新宿ですよね?」

「そうだけど……ってかなんで知ってんだよ!」

「芸能リポーターですから」


 ここまで来るとリポーターではなく、ストーカーの域に入っているのではなかろうか。


「ようやく……二人きりですね……♥」

「運転手いるわ! ってか取材でも個人的にもお前とは二人きりになりたくないよ!」

「それで、ファンの女性と密会しているというのは本当なんですか?」


 都合の悪い話は耳に入れないようにしたのか、樋口は完全に無視して最初の質問を繰り返した。


「……あれは従妹ですよ。大学入学で上京してきて、向こうが折角近くに住んでるんだからと、何度か会いに来てただけです」

「ほんとに~? ごまかしてるんじゃないの~?」

「急に馴れ馴れしいな! ……アイツに迷惑かけたくなかったんだよ。俺みたいな芸能人が血縁者にいるってバレると大変だろうしな」


 流れゆく都会の夜景を見ながらぶっきらぼうに説明した天川だったが、その表情には優しさが込められていた。


「天川さん……やっぱりあなたは素敵な方です!」


 感極まった樋口がハンカチで目元を拭いた。


「確かに誰だって迷惑な記者にまとわりつかれたくないですよね」

「その筆頭格がお前だよ!」


 やがてタクシーは天川が住むマンションの前で停止した。


「あ、そんな! 私も給料もらってますし、タクシー代おごる必要なんてないですよ!」

「誰もおごるなんて言ってないし、お前もここで降りる気かよ!」

「すみません、領収書下さい。宛名は『(株)週刊レーベ』で」

「経費で落とす気満々じゃねぇか!」


 タクシーから下車した天川がマンションのロビーに入る。するとオートロックの前には、一人の女性が立っていた。


「あ、お兄ちゃんお帰り!」

「春奈!? お前アパートに帰ったんじゃ……」

「この方が例の従妹さんです?」

「お前はもう帰れよ!」


 ちゃっかり天川の後ろに着いてきている樋口。どうやら別のタクシーで帰らせたはずの従妹が、なぜか天川のマンションまで来ていたらしい。


「タクシーのおっちゃんに行先変更してもらっちゃった! オートロック開けられなくて、ずっと待ってたんだよ!」

「だから帰れよ! さすがに部屋には上げねぇから!」

「そんな! せっかく同じタクシーでここまで来たのに!」


 なぜか春奈よりも先に樋口が叫んだ。


「お前には言ってねぇけど、お前も上げねぇから!」

「……その女、誰?」


 春奈の表情から笑顔が消えた。


「天川さんのファンです。推し活としてここまで来ました」

「だから推しに迷惑かけるのは推し活じゃないっての!」


 それを聞いた春奈が、ついに涙を流しながら天川に言った。


「ひどい! 私だって大ファンとしてお兄ちゃんの晩御飯作りに来たのに!」

「お前も推し活だったんかい!!」



 完

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芸能リポーター 一十木アルカ @hitotokiaruka

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