私の推しは貴女です(推し活)

しょうわな人

第1話 私の推しは貴女です 今までも、これからも…

 小学校生活も六年目になると、クラスの皆が背伸びを始めて、女子が多いけれど中には男子でも【推し活】なんてしてたりする。


 僕、十六夜翔いざよいしょうが通う小学校でもそれは同じ。クラスじゅうで朝からみんながそんな話で盛り上がっている。


 盛り上がってないのは僕と、学級委員長で隣の家に住む八十八琴やそはちことさんだけだ。

 あ、何で【さん】かと言うと学校の決まりで男子も女子もお互いに【さん】呼びをしなきゃダメなんだ。僕のお父さんに言わせたら、『何て無駄な決まりだ!』らしいけれどね。


 そんな僕達二人はクラスの中では完全に浮いてしまっているけれども、別にイジメられている訳じゃないんだ。僕や琴さんがそう言う話題に興味が無いのをみんなが知っていて、話をふってこないだけなんだ。


 今日も僕は琴ちゃんと下校する。【ちゃん】呼びは学校の敷地外だからだよ。

 僕と琴ちゃんは同じ日の同じ時間、但し琴ちゃんが一分早く産まれたそうだから、琴ちゃんいわく、お姉さんらしい。

 幼児期、幼稚園も一緒に過ごしたから、お互いに気心も知っているから一緒に居ても楽しいんだ。そんな琴ちゃんが今日は質問してきたんだ。


「ねえ、翔くんはアイドルとかに興味は無いの? クラスの男子が言ってるようなアニメとか?」


「うーん、別に無いかなぁ。アニメも見るけどみんなみたいに、あのキャラクターを推すとか思わないし。そう言う琴ちゃんは? 女子なんかキャーキャー言ってるけど」


「私も無いの。あのね、でもね、推したい人は居るんだ」


「何だ、居るんじゃない。それじゃ、僕は気にしないで推して女子の話題に入ったらいのに」


 僕の返事に首を横に振る琴ちゃん。よっぽど知られてない人なのかな? 僕は不思議に思って聞いてみたんだ。そしたら、顔を赤くして琴ちゃんが答えてくれた。


「翔くんだよ! 私が推したいのは翔くんなの!」


 少し怒ったような声音で琴ちゃんが言う。こういう時の琴ちゃんは照れてる事を僕は知ってる。長い付き合いだからね。そして、言われた言葉を僕なりに咀嚼してから琴ちゃんに返事をした。


「僕も琴ちゃんを推すよ。だからお互いに頑張ろうね。それと、お互いだけだと面白くないから、明日の下校時間に他に推したい人や物がないか、考えてこようよ。い?」


 僕の返事に琴ちゃんは少しだけ不満そうだったけど、それでも頷いてくれた。そして、下校時間じゃなくて、家に帰ってからお互いに考えた事を発表する事になったんだ。 


 翌日、いつものように一緒に帰ってから、琴ちゃんはパパッと宿題を終わらせてウチに来たけれど、僕がまだ宿題を終わらせてなかったんだ。そこでお母さんが琴ちゃんに言った。


「琴ちゃん、いらっしゃい。悪いけど翔の宿題を教えてやって貰える? おばちゃんどうも算数が苦手で」


 お母さんがそう言うと、琴ちゃんが笑いながら返事をした。


「お邪魔します、美樹さん。分かりました。私が翔くんに教えますね」


 そうして僕は琴ちゃんに算数の宿題を教わる事になったんだけど、凄いんだ。先生に教えて貰うよりも分かりやすくて、理解出来てなかった部分がはっきり分かったんだ。

 やっぱり琴ちゃんは凄いって僕は思ったよ。そしたら、琴ちゃんが


「コレも【推し活】だから」


 って少し顔を赤くして言ってくれたんだ。しかし、困った。僕にはこういう活動は無理だし、どうしようかと考えていたら、琴ちゃんが


「翔くんはコレまでもコレからも、ずっと一緒に居てくれるのが、私に対する【推し活】だよ」


 なんて言ってくれた。勿論僕は頷いて当たり前だよって返事をしたんだ。

 そして、お互いに発表する時が来た。先ずは僕が先に書いたコピー用紙を琴ちゃんに差し出した。


 それを見た琴ちゃんが固まっている。どうしたんだろう?


「どうしたの、琴ちゃん?」


 僕が不思議に思ってそう聞くと、琴ちゃんがそっと自分の書いた紙を僕に見せてくれた。

 そこには、


「ミルフィーユカツ!!」


 思わず僕は大きな声を出しちゃったよ。何で僕と同じ答えなの?


 僕達二人は顔を見合わせてお互いに笑いあったんだ。





 ああ、幼い頃の夢を見ていたようだ。


 貴女が亡くなって幾年月が過ぎた事だろう……


 亡くなる寸前に笑いながら貴女が言ってくれた言葉に私はどんなに救われただろうか。


「【推し活】は今日でおしまい。貴方は強く生きてね。また続きは天国でね」


 けれども後から後から後悔の念が強くなって、息子や嫁、孫には随分と迷惑を掛けてしまった気もする。


 けれどもそれも、もう終わりだ。やっと、やっとだ。貴女の元に私も逝く事が出来る。貴女は笑顔で迎えてくれるだろうか? ソレだけが不安だが、きっと大丈夫だと思っている。

 だって、私はコレまでも、コレからも、貴女を推しているのだから……




「残念ですが……」


 医師からの言葉に主人が、グッと一言、呻いた。我慢している主人の背中をそっとさする。

 娘がお義父とうさんの顔を見て泣きながら言う。


「お父さん、お母さん、翔お祖父ちゃん、笑ってるよ。笑顔でお祖母ちゃんの元に逝ったよ」


 その言葉に静かに涙を流しながら私達夫婦は頷く。


 そして、深く深く感謝を込めて私達は眠るように逝った義父の笑顔に頭を下げた。

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