教科書教教科書宗教科書派
Tは、何をするにも教科書から入るタイプの人間だ。いや、この際、教科書を愛し、教科書に愛された男と言っても差し支えないだろう。
Tは、教科書に記述されていることは一字一句完璧に暗記してしまうし、教科書に書いてあることがすべて正しいと思っていた。例えば私が、Tにこう質問した時だ。
「××ページのAという記述は、教科書だけ読んでいてもよくわからないよね?」
「教科書にAと書いてあるんだからAなんだよ。当たり前だよ。それ以上でも以下でもない」
「だけど、それはいったいどういう意味なんだい?」
「意味? 教科書がAと言っているんだから、Aなんだよ」
「確かに教科書にはもっともらしくAと書いてあるけど、よく考えると何を言っているのかわからないから尋ねているんだよ」
「教科書は真理を述べているのだから、それがわからないというなら、君は途中を読み飛ばしているんだよ。さあ、『はじめに』から読み直したまえ」
こんな具合で、教科書=
Tは仮定の上でさえ、教科書に誤りがあることを決して認めることはない。例えばTに興味本位でこんな質問を投げかけたときだ。
「教科書だって人間が作ったものだから、間違いがないとは言い切れないだろう? それに、今後学問が発展すれば当然書き換えないといけない箇所も出てくるだろう?」
「もし教科書が現実と食い違うことを言っているのなら、それは現実の方がおかしいんだよ。教科書は絶対なんだから。君はそんなこともわからないのか。政府だって現実を教科書通りに改めることにもっと注力すべきなんだよ」
これだけ教科書に盲目的な敬愛(敬虔な信仰と言った方が適切かもしれない)があるのなら、分厚くて重量感のある教科書の方でさえ、彼のことを重たいと感じているかもしれない。
「出版社ごとに記述が異なる点はどう考えているんだい?」
「当然どれも正しい。1つの事柄を多面的に捉える視座を与えてくれるんだから、学習指導要領に忠実に沿っていて、賞賛すべきことだ」
ともっともらしいことを言う。
「世の中には教科書に書かなかったり書けなかったりすることもあるはずだし、新しい分野を切り拓く時は、教科書通りにいかないこともあるはずだ。そこは認めるだろう?」
「バカだな。教科書が説明していないことなんてこの世の中にはもうないんだよ。僕らが生きているのは石器時代ではないんだよ、
「じゃあ新しい学問も、技術的革新も、金輪際起こりえないということかい?」
「だからさっきも言ったはずだ。もしも教科書に載っていない現実が確認されたら、それは現実の方がおかしいんだから、現実を教科書に合うように矯正するまでだよ」
「教科書からでなくて、実地から学んだ方が覚えが早いということもあるだろう? 教科書で詰め込んだ知識をふりかざすのがかえって仇になることだってね。ほら、頭でっかちっていう言葉で揶揄されることがあるように」
「君の発言が僕には全く理解できないんだが、その理由として考えられるのは次の二つ。君が教科書で習った論理を無視して支離滅裂な発言をしているか、あるいは君は習熟していて、僕が習熟していない教科書があるかだ。もしも前者なら、今すぐ全ての教科書を引っ張り出してきて一から勉強し直すべきだ。一からでなきゃだめだよ。それが一番確実な方法なんだから。そしてもし後者なら、未履修問題だから、すぐにでも母校を訴えるつもりだ」
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