原液を好んで飲む男

 カルピスでも何でも原液を好んで飲む男がいた。

「君、原液をそのまま飲んではじきに体を壊すよ」

「ふん、なぜ?」

「なぜって、原液というのは、希釈して飲むことを前提として製造されたものだろう。薄めて飲むからちょうどいい按配あんばいの味になるし、適度に栄養が摂取できるわけで、それをそのまま口にするなんてことは、どう考えたって体に毒だろうに。それとも何か、原液中毒にでもなって、体が原液しか受け付けなくなっちまったのかい?」

「中毒ね。そうかもしれねぇな。仕方ねぇのよ。だって世の中にはやたらと味が濃くて中毒性が高いものがあふれているんだから。カルピスを飲むときだけ、お行儀よく薄めていちゃあね、そっちの方がかえって毒なのさ」

「どういうこった?」

「俺たちはみんな原液に侵された生活を余儀なくされているというこったね。効率化、自動化、合理化……いろいろと言い換えパラフレーズされているがね。世界の余白はどんどん失われていっているのよ。余白乃ち遊び。遊びがなくなっていく世の中は結局の所、人間を滅ぼす」

「それはあまりにも極論だろう。百歩譲って君の言うように世間が徐々に遊びを許さなくなっているとしても、自らその遊びをつぶしてしまう行動をとらなくてもよかろうに」

 私は、ガラスの容器から角砂糖を摘まみ上げて自分のカップに入れた。彼に苦言を呈した立場上、いつもよりはかなり控えめに、10個にとどめた。

 スプーンで混ぜる時間も勿体ない気がして、まだ溶けきらない砂糖といっしょに、あまり甘くないコーヒーをいっきに飲み干した。

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