雁字搦め

誰か、糸を切ってくれ!


四方八方雁字搦がんじがらめで。

もがいても空回りするばかりで。

蜘蛛の巣に捕らえられた虫の心境だ。

いや、もっと悪い。蜘蛛の巣なら、まもなくあるじが俺を平らげに来るはずだ。

しかし、この巣には主がいない。糸しかない。だから先ほどの表現を正確に言い直せば、「主がいなくなった蜘蛛の巣に捕らえられた虫の心境」である。


自然界は、強者が弱者を食らう厳しい世界だと言われる。だが、そんな弱肉強食の世界すら、俺をつまはじきだ。

孤独を抱えて、寿命を待つしかないのか。


これならまだ囚人の方がましではないか。囚人はたしかに社会から隔離されているけれども、刑務所プリズンと言う社会の一員としては尊重され、看守が己の存在を認めてくれている。それに、少なくとも檻の中では一定程度の自由がある。冷たいコンクリートをそれなりに健康な両足で感じとることができる。


翻って俺は、足が地についてすらいない。地面が熱いのか冷たいのかそれすらわからない。己の体重だって感じることができない。これでは本当に俺が生きているのか、それさえ疑わしい。


そうだ。

俺は上下のあごに2本ずつ生えている糸切り歯のことを思い出した。

歯がかけようが抜けようがかまわない。俺は生きている実感がほしいんだ!

美しい銀色の糸は、ところどころ血の色に染まりながら、口が届く範囲に限られたけれども、どうにかこうにか噛み千切ることができた。


そして、それは突然だった。


(プツッ…………………プツッ………………プツッ………プツッ……プツッ…プツップツップツップツップツップツッ………)


深い闇へと落ちていく。

ああ、下は地獄だったのか。

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