義眼コレクター

 私の友人であるSには独特の収集癖があった。義眼を集めているのだ。当人は特に眼の病気があるわけでもなく、視力だって三〇代半ばでありながら、今だに健康診断で1.0を下回ったことがない。義眼には本来お世話になる必要がない人間だ。


 もうタイトルは忘れてしまったが、何かの映画で右眼に義眼を入れたマフィアのボスが出てきた時に、彼の心は一瞬でそのとりことなってしまったらしい。その日から、義眼を集め始め、日に日にコレクションは増えていった。今となっては彼の部屋は、義眼の博物館よろしく、壁から、棚から、天井までぎっしり義眼に埋め尽くされてしまっている。


 コレクションの中には、一つ、独特な光を放ってギロッとこちらをにらみ返してくるものがあった。不気味でありながら、どこか蠱惑こわく的な魔力もあって、瞳の奥に広がる小宇宙に吸い込まれそうになる。実際、それはSのコレクションの中でも特別だった。それは義眼ではなかった。Sの本物の右眼だった。


 Sが、義眼を優に千個ほど集めたくらいだったろうか。それら幻惑的な眼という眼は一点を見つめるように彼の部屋に配置されていた。そのちょうど一点と自分の心臓が重なるように座った時、恍惚として、名状しがたい美的感性が大いに刺激されるのだとSは言っていた。


 Sはじきに、さらなる刺激を求めるようになった。この義眼と一体になりたい、この美と同一化したい、そんなことを折に触れてSは言っていた。

 やがてSは、恐ろしいことを言い出した。

「コレクションしてきた義眼を、自分の右の眼孔がんこうに入れて美を我が物にしたい」

 初め私は冗談言うなと一笑に付した。が、Sが翌日も翌々日も同じことを真顔で言ってきたので、私は彼の本気を悟った。そして再三彼を引きとめた。その年で視力1.0と言うのはやはり貴重であるし、何より、自分の体を自分で傷つけるなど、人の道に反することだと思ったからだ。

「人の道ね」

「ああ、そうだ。君の行為は道義的に許されるものではないはずだ」

「君の言う人の道と言うのは、本当に人の道なのか?」

「何が言いたい?」

「この世に絶対はないんだよ。人の道だかなんだか知らないが、それだって立派な偏見なのだよ」

「そうはいっても、世の中には盲目になりたくてなったわけではない人が大勢いる。その人達のことを考えたことはないのか?」

「ほら、君こそよほど偏見でものを見ている。盲目の人は不幸で、目が見える自分は幸福だと決めつけている。君のその態度こそ、彼らの生を冒涜ぼうとくしているんじゃないのか?」

「だけど、自分で自分の体を傷つけるなんて間違っている」

「僕は自分の体を傷つけるつもりなどさらさらない。僕がやろうとしているのはそんな低俗なことじゃない。いわば今より適切にするためのリフォームだ。美というあるべき姿の体現だ。世間で言うところの整形ととらえてくれても構わない。君は僕を止めようとしているようだね。しかし、僕が自分の人生を豊かにするために、右眼を義眼に変える行為が、自分の体を傷つけるもので許されるものではないというのなら、世の中で行われている手術という手術は、全て否定されることになる」

「手術は病気を治すためにやるものじゃないか」

「病気はなんのために治すんだ? 患者の人生を豊かにするためだろう。そして僕が僕の眼孔に義眼を入れるのも、まさに全く同じ目的なんだよ。そして同じように体にメスを入れる。何ら違ったところはない」

「し、しかし…」

 私は心の奥底では、Sの主張が全く馬鹿げていると思ったし、彼の論には強い違和感を覚えたが、彼の言い分を覆すだけの言葉が出てこなかった。それとも、私の感じていた違和感は、見せかけのものだったのだろうか。

 失うものの大きさを繰り返し諭そうとしても、Sは頑として譲らなかった。

「君は、僕が、そうだね、例えば一月後も生きていると言い切れるかね? 君の独りよがりの忠告を受け入れた僕が、一月後突然死ぬようなことがあったら、僕は君をあの世で恨み倒すことになるよ。それに、僕が義眼に入れ替えようとしているのは片方の眼だけだ。大したことはないさ。残ったもう片方で世界を見ることができるんだから。僕は、思うんだけどね。腎臓も、腕も、耳も、人間はスペアを持って生まれてきているだろう。そのうちの片方くらい好きにしたってたいしたことではないさ。死ぬときに両の眼が二つとも健康そのものでそろっていたら、僕はそれでも君を呪わなくちゃならない。何であのとき僕を止めたんだって。死ぬときにそれじゃあ何にもならない。それにね、この世には両眼が見えなくても暮らしている人々が一定数いる。二つのうち一つがダメになったとしても、彼らより余程便利な生活であることは間違いないんだよ」


 どうやってやったのかは恐ろしくて聞けなかった。ただ、翌日に眼帯をして現れたSを見ただけで、私は痛々しくて吐き気をもよおしてしまった。当人は、ちょっと目にできものができた程度としかとらえていないようだったが。

 一月も経つと眼帯はとれ、Sの部屋に展示されていた色とりどりの義眼が、Sの右の眼孔を日替わりで満たすようになった。義眼自体の効果なのか、義眼を入れたことによるSの精神面が変化したからなのかわからないが、Sの表情は、以前よりはるかに晴れやかで、清々しかった。ただ、Sの顔を見ていると、Sの顔に義眼がはまっているというより、まず義眼があって、Sの顔は義眼を引き立たせるための名脇役のようにさえ思えてくる。それは、いくら精巧に作られているとはいえ、義眼にはやはり独特の冷たさと言うのがあるからだろう。


 このようないきさつがあって、彼の本物の右眼はホルマリンづけとなり、コレクションの仲間入りをしたというわけである。


 Sが、まかり間違っても本物の人間の眼をコレクションし始めたりしないことを願うばかりだ。私は、Sがいつか、

「君の眼は美しい。ぜひ僕のコレクションにしたい」

などと言い出さないか、内心Sに会うたびにびくびくしている。さて、その時はどう返事をしたらいいものか…。

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