第19話 スナンという名の女

 まだ齢20代だろうか、高そうな花柄のドレスを身にまとっている女性が手提げにお花を詰め込んで、街中を歩いていた。頭から薄い布が垂らされていて、周囲からは彼女の顔を拝むことができない。ただ、機嫌がいいことは、足取りから分かった。

 すれ違う男たちは、皆彼女を振り返った。そして、声をかけようかとささやき合った。

 1人の酔っ払った青年が酒を片手に、酒場の席を立ち上がった。飲み友に、「おりぇ、ちょっくら行ってくるわぁ」と言って、彼女に近寄る。飲み友達は、波のある歓声を上げ、青年はジョッキを高く掲げてそれに返事した。

 青年は、彼女の前に立つ。そして、酒を少し口に含んだ。

 「なんでしょう?」布越しに、彼女の真っ赤なリップが動いているのが見える。

 青年は、ニヤニヤしながら、こう言った。

 「オネェさん。俺たちと飲まない?楽しいよ」

 「結構です!」彼女は、声を張り上げた。そして、青年を避けて先に進もうとする。

 青年は、すれ違い際に彼女の腕を掴み、懐に寄せようと引っ張った。彼女は、身体は引っ張られないようにと足で踏ん張る。おかげで、抵抗できているようだ。それでも青年は、ニヤニヤしながら、引っ張り続けた。

 突然、青年の体が宙に浮いて、背中から転げ落ちた。勿論、青年の手には、彼女の腕はない。

 「大丈夫ですか?スナン様」

 1人の騎士が、彼女の足元にひざまずき、手を差し伸べた。

 彼の名はロナウド、街の騎士団で副長を務めている男だ。また、団長アレクサンダーの部下であり、騎士団の指揮は、基本的にロナウドが行なっている。

 ロナウドの登場で、周囲にいた街人は盛り上がった。「ヒーローの登場だ」「カッコいい」「この街で唯一まともな男!」

 ロナウドの人気は、街人の中では、特にうけていた。それもそのはず、彼は、規律正しい生活を送り人の見本になったり、時折街に出ては、悪党を撃退している市民のヒーローだからだ。

 スナンは、ロナウドの手を取った。そして、「ありがとう。この街の騎士様は偉く立派なのですね」と優しい物言いで口を動かした。

 「なんのなんの、これしきのことなど当然のことです」おどけたロナウドの眉毛がハの字になった。スナンは、彼の顔を見てオホホホと笑った。

 「宮殿に用でございますね?ギミヤ街のお后様」

「まあ、よくご存知ですこと。妹に会いに行こうと思ってね。シオン元気にしているかしら」 

 「でわでわ是非、この私めがシオン様の元までご案内させていただきましょう」

「まあ、嬉しいわ」

 2人は、歩き出した。

 しかし、それを引きとめる者がいた。それはさっき、ロナウドに倒された青年だ。

 彼は、赤っ恥をかかされたのが嫌だったのか、「まてぇよぉ。逃げんなぁ」と言い放ち、ボクシングポーズをとっている。ロナウドは、右腰に挿してある剣の上方に手を添えると、おもむろに右足を後方に下げた。

 睨んで「やるのか?この俺と」と言う。

ロナウドは、脅したはずだが、酔っ払いには響かないみたいで、青年の態度は変わらなかった。

 ロナウドの動きを視認できた者は、いなかっただろう。一瞬で、青年の真後ろに移動して、ポーズは、さっきと同じままだ。

 青年のボクシングポーズも変わらない。しかし、顔は、青ざめていて、少し上を向いている。

 その状態がしばらく続くと、青年は崩れ落ちた。ドサリとした音で、ロナウドのポーズは、やっと解かれた。

 「これで邪魔者は居なくなった。さあ、先を行きましょう」

2人は、再び手を繋ぐと宮殿へ向かって歩きはじめる。一連の様子を見ていた街人たちは、拍手で2人を送り出した。


 ロキオは、マナに連れられて、マスター室に案内された。彼は、部屋に入るなり、マスターチェアに腰かけた。

 「ここが、マスターの机か。うわっ、なんだこれ、仕事道具が一つもないじゃない」

 ロキオは、机上に置かれているものを見て、驚愕する。続けて、左上にある紙の山を手に取った。

 それらは、ハンターたちのお願いを聞く申込書のようで、ロキオは、一枚一枚丁寧に目を通す。

 途中で、落書きされている書類を見つけた。下手な像の絵が描かれている。

 ロキオは、それを指差してマナにこう訊いた。

 「これは、ロキの絵ですか?」

 マナがそれを見て、吹き出した。

 「ええ、そうよ。私が描いたのもあるわ」マナは、山の端を手でつまんで、ペラペラとめくる。「あ、あった。これよこれ」と言うと、一枚を抜き取った。

 空白のスペースをうまく利用した巨大なタコの絵がそこに描かれていた。上手な絵でロキオは、思わず感嘆の声を上げる。

 しかしよく見ると、その申請書は、貧乏ハンターを金銭的に支援する内容が書かれている。

 ロキオは、タイトル部分を指差して、こう尋ねた。「あの、これ大丈夫なんですか?かなり、深刻そうな内容なのですが」

 マナは、それを手に取って、文字が読めるまで顔に近づけた。「ああ、問題ないわ。こんなのよくあるのよ。無視しても問題ないの」

 「これを書いた…ガイロさんは、今どうしてるの?」

「さぁ、どっかでのたれ死んでいるか…。それとも、ぎりぎりで生き残ってるか…」

「今すぐ助けに行きましょう!」ロキオは、食い気味にそう言った。

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