第17話 建街祭当日

 朝6時、エリックは、いつもの時間に目が覚めた。顔を洗い、服を着替える。足早に寝室を出ると、早速屋上に向かった。

 彼は、使用人がいない代わりに、大きな街の旗を掲げた。その旗をポールに刺して、風向きを見守る。風力は、ちょうど良く、街のシンボルが下からでも視認できるくらいだ。

 エリックは、残りの2本の旗もポールに刺して、少しひいたところから眺めた。どれもしっかりなびいていて、うまい仕上がりだ。彼は、満足そうに頷いた。

 「エリック、やっぱりここにいたのかい」ドイルの声だ。

 エリックは、彼女の方を見る。

 「ああ、ドイルさん。ヴァンには、例の鍵渡せたかい?」

 「渡したよ。にしても、エメラルドキャットなんて、アイデアよく思いついたわね。ハンターたちを騙すには、ちょうどいいモンスターよ」

 エリックは、首を振った。

 「エメラルドキャットは、マナが考えたものだよ。俺は、昔の発想を用いらせてもらったまでさ」

 「あの子の発想だったのかい。随分、成長したものねぇ」ドイルは、感心感心と目をつぶりながら大きく頷く。

 エリックは、それを見て、大きく笑った。

 「ははははは。そうさ、マナは、成長したんだ!初めてこのギルドに来た頃の彼女とは大きく変わったんだよ。ははははは。なんせ、もう9年も働いているんだからな!辛い思いもたくさんさせたよ」

 ドイルは、エリックを気味悪そうに睨んだ。彼女の目からは、彼が狂人のように見えたのだ。

 「ああ失敬失敬。つい気分が上がってしまって悪かった。なんせ、今日でやっとこの地獄から解き放たれるからな!マナもロキからやっと解放されるんだよ」

 

 ヴァンは、早めに目が覚めた。

 彼は、いつもと違う天井だな、と思い、周囲を見渡すと、アレクサンダーの家で寝たことを思い出した。

 静かに布団から離れて、隣の部屋を覗く。アレクサンダーとロキオが並んで寝ているのが見えた。

 ヴァンは、そろりそろりとロキオの上まで来る。そして、「ほんとにロキの野郎と似ていやがるな」と呟いた。

 右手で握り拳を作って、それをロキオの顔に振る。しかし、当たる直前で止めてしまうと、手を引っ込めてニヤニヤした。

 「これでも食らえ。思い知ったか」

 ヴァンは、それだけ呟くと、満足したのか自身が寝ていた部屋に戻った。

 

 ヴァンが本日のスケジュールを何度も確認していると、ロキオが目を覚まして、顔を見せた。

 「おう、ロキオくん?さん?おはようさん」ヴァンは、明るくそう言う。

 「ん?お、おはよう」ロキオは、眠そうにそう返す。

 「へへ、眠そーだな」

 ヴァンは、陽が差し込むようにと、前の通りが見えるまで、カーテンを全開にした。

 ロキオは、窓に寄って、外を眺める。「わ〜すご〜い。僕、ほとんど外の景色見せてもらえなかったから、嬉しいよ。こんな風になってたんだ〜」彼は、感嘆の声で言った。


 「あ、あれは…ガ…ビちゃん?」

 ジドは、自身の眼を疑った。念のために眼をこする。

 「やっぱりそうだわ。昨日デモに混じってギルド内を観察してたのよ。でも、全然見つからないから、どこいったんだろうと思っていると、なぁんだここで監禁されてたのね」

 ジドは、脇の負傷がある程度完治すると、2日前からこの街に来ていた。ロキオ探しで、歩き回っていたようだが、遂に見つかって嬉しさを露わにしている。

 彼は、手持ちの大きな風呂敷を背負うと、アレクサンダーの家に近づいた。


 ヴァンは、玄関のノックに警戒した。

 アレクサンダーを起こそうか迷ったが、彼の寝相があまりにも悪いので、寝起きだと奇行に走るだろうと思い、やめることにした。

 ヴァンは、ロキオを静かに呼んで奥に行くよう指示した。

 ロキオの、扉を閉める音を聞いて、ヴァンは、玄関を少し開けた。

 「はい、どなたでしょうか?」

 そこに立っているのは、見るからに変態そうな汚れたおじさんだった。そのおじさんは、眼をはらして鼻をすすっている。

 「ガ、ガビちゃんいるわよね?あ、あのガビちゃんってロキって人に似てる男の子ね?」

 ヴァンは、どきりと胸に衝撃が走った。

 「ガ、ガビちゃんね。はいはいはいはい。えーっと、知らないかな?」

「うそおっしゃい!いるに決まっているでしょ?わたし見たんだから!」ジドは、ヴァンの胸ぐらを掴みかかった。

 「わわわわかった、わかったよ。ロキに似た男の子ね?も、もしかしたらうちにいるかもしれないから、ね?探してみるよ」ヴァンは、ジドの腕を振り払うと、玄関を一目散に閉めた。

 「お願いね」と外から聞こえる。

 ヴァンは、家の奥に向かってロキオを呼んだ。用意しておいた大きめのハット帽子と街人の服装を途中で回収し、それらをロキオに手渡す。

 「まずい、街の人間に居場所がバレたみたいだ。とりあえず、いいから早く隠し通路に急ごう。決行は、昼からだが地下の通路なら充分身を隠せるだろう」

 ヴァンは、ロキオの腕を引いて、裏庭の茂みの床を引っ張った。ぽっかり穴が開いて、下りの階段が姿を現す。

 2人は、そこを降りて行って、しばらくいくとぶつかる扉の鍵穴を解除する。そして、さらに奥に進んだ。


 ギルド前のデモの数も建街祭ということもあってか、今日は、かなり少なめだ。

 エリックは、再び屋上から遠くの景色を眺めていた。

 そんな彼の元に二つの知らせが同時に届いた。一つは、ロキオの到着。二つ目は、ロキの起床だ。

 知らせに来たマナは、緊張した面持ちでエリックをじっと見つめている。エリックも、階段に方向転換すると、緊張で身震いを起こした。

 決戦に向かう彼らの傍らで爆音が響き渡った。しかし、彼らにはそんな音に配慮する余裕などなかった。

 


 

 

 

 

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